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あなたを待っています

「アネモネの花言葉って切ないよね〜」
 花瓶の水を捨てながら、思い出したようになまえが口を開く。いきなりなに、と至極まっとうな声を返せば、なまえは頷きながらからからと笑った。
「この前読んでた本に花言葉の話が出てきたんだよ、それで色々調べちゃったの」
「……ふうん」
「それでね、アネモネの花言葉。花全体のものとしては、『儚い恋』『見捨てられた』『見放された』とかってわりと散々だったんだけど――」
 ちゃりん、と小銭の鳴る音が聞こえる。落としでもしたのかとシンクに向かう背中を見つめていると、花瓶に十円玉を入れておくと切り花が長持ちするのだと教えてくれた。これがいわゆる主婦の知恵というものなのだろうか、そういえばなまえは生活の知恵に限定すればオーガストや千景にすら敵うかもしれないと思うことが度々ある。
「アネモネも色によっていくつか花言葉に種類があるらしくってさ、紫は『あなたを信じて待つ』なんだって。……素敵だよね」
 なまえが微笑んでいただろうことは、少し明るくなった語調でわかった。
 どうして彼女は笑ったのだろう。その花言葉がオレに似合うと思ったのか、それともなまえ自身に覚えがあるのか。あるとしたら、なまえは一体誰を信じて待っているのだろう。彼女には待つべき人がいるのか。それとも、今頃どこかで見守っていてくれているはずの、彼女の家族を想ったのか。あまりにも彼女について知っていることが少なすぎて、全く見当がつけられなかった。――もっとも、知らないことだらけなのはお互い様なのだけれど。
「君は、私のアネモネかもね」
 ソファを通りすがったなまえの呟いた言葉を、眠気に襲われたオレは拾いきることが出来なかった。
 目を閉じる最後の瞬間に映したのは、見慣れた花瓶のなかに活けられた純白のクロッカス――

20180519
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