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今までのぶんも

「昔通ってた幼稚園に咲いてたわ」
 ふと足元に目を向けたなまえが、おもむろにそう呟いた。どうしたの、と尋ねて彼女の視線を追ってみると、そこにあったのは白いプランターに咲き乱れる色とりどりのパンジーの花。演劇の聖地と呼ばれる天鵞絨町はそのぶん人の行き来も多いため、こうして景観も大切にされている。大通りは定期的に補正されているし、ビロードウェイから少し逸れたところには、花街道と称した華やかな通りもあるくらいだ。その花街道を今まさに、太一となまえは歩いている。気分転換も兼ねたささやかなデート中なのだ。
「なまえチャン、パンジー好きなの?」
「……そうね、嫌いじゃないと思う。太一みたいで可愛いもの」
 ふふ、と微笑む横顔は愛おしそうに綻んでいる。ほんのりと染まった頬に見とれていると、緩く絡んでいた左手をきゅう、と強く握られた。想像よりも熱くなった手のひらは、年齢相応に小さくて柔らかい。
「私、太一のこと大好きよ」
 だから――と続きそうになった言葉は、耐えきれず抱きついてきた太一によって阻まれた。彼女の脳裏によぎったパンジーの花言葉は、きっといつまでもわからないままだ。

20180519
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