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何日何年かかっても

「オレ、ほしいものが出来ました」
 意を決したようにつぶやく咲也くん。その目はひどく真摯でいて、けれども何かに怯えているようにも見えた。
 まるで、親とはぐれて迷子になったような心細さが、今の彼にはあると思う。
「いつか、そう遠くない未来、ねいむさんと幸せな家庭を築けたらなって。オレとねいむさんの子供もそこにいて、毎日笑って過ごせる未来が欲しいなって、思って」
 わたしの手を取る咲也くんの、男の子らしく骨ばった両手は震えている。こうして見ると肌の色も骨格も何もかもが違っていて、どんなに可愛らしくとも彼が男の子であるのだなあと実感する。視線の先、ごくりと上下する喉仏もそれを証明していた。
 恐れているのだろうか。親子の死別を身を持って知っているからこそ、彼はそれが遠く離れた非日常ではないと理解している。フグに当たったり宝くじが当たったり不祥事が公になったりするような、見知らぬ誰かの他愛ないニュースなんかじゃないと、彼は痛いほど知っているのだ。
 だからわたしは手を重ねた。彼の両手に左手を添え、宥めるように撫でてみせると、目の前の張り詰めていた空気がふっと和らぐのがわかる。咲也くん。名前を呼ぶ。はい、と答えるその声は、けれどもやはりぎこちない。
「わたし、とっても強運なの」
「はい」
「くじ引きで一等を当ててみたり、大人気商品がわたしを最後に売り切れたり。この前なんか、ふと気が向いてバスを一本遅らせたら、乗るはずだったバスが事故に巻き込まれたりね」
「……はい」
「それに、わたしは自分を信じてる。わたしは何にも負けない、たとえ目の前で地割れが起きようとも、きっとわたしの足元で収まるわ」
「…………」
「だからね、咲也くん。わたしは、あなたやあなたとの子供を置いて、ひとりで死んだりなんか絶対しない」
 いつの間にか視線を下げていた咲也くんは、わたしの声を聞いておずおずと顔を上げる。親にでも叱られたような、やはり迷い子さながらの彼に微笑み、その体を抱きしめてみせた。大きい。劇団員と並ぶとひどく華奢に思えるけれど、女のわたしからすれば立派な男の体つきをしている。
 いくつも年下の未成年であったとしても、やはり彼は正真正銘の男の子。やがては「夫」や「父」になる存在なのだ。
「大丈夫。ずっと一緒の家族、わたしたちで作りましょう」
 何年かかっても構わない。わたしはこの子と添い遂げるのだと、想いを通わせたあの日に固く誓いを立てたのだ。
 小さく鼻をすすりながら、控えめに頷く咲也くんの背中を撫でる。ぎゅう、としがみつくような両腕の感触が、ひどく心地良く思えた。

20180718
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