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真夏の壁

 アイスが食べたくなったのだ。
 蒸し暑い夏のことである。夏休みも終盤に差しかかった土曜日、至はなまえを招いてのゲーム合宿――もとい、夜通しゲームに明け暮れるためのお泊り会を行っていた。同室の千景がちょうど短期出張に出るということで、この機会を逃す手はないと即座に企画された、少々色気のない逢瀬。もっとも、至となまえにとってはこれが一番適切な理由であり、一番自然な距離であった。
 こんなときだけ行動が早いんだから、と渋々ながらも了承をくれたねいむの表情は、いま思い出してもじわりとくるものがある。それはただ単に面白いものであるというよりは、背中に伝うイヤな汗を感じるタイプのものなのだが。
 そんななか、ゲームに白熱していたおかげで体温が上がってしまったので、少し体を冷やしたくなった。クーラーの効いた部屋にいはすれども、やはり冷たいあの甘味はどうしても欲しくなるのである。思えば思うほど食べたい。はやる気持ちを抑えきれないままいささか早足で談話室横のキッチンへ参ったはいいものの、かなしいかな、買い置きしていた最後の一本をちょうど真澄に食べられてしまったところだった。予想以上に愕然とした自分に驚きつつ、けれども諦められるような心境ではない。これはもう奥の手だ、と近場のコンビニへ足を運ぶことにした。なまえに声をかけてみる。あたしも行く、と返事をもらい、彼女の準備を待つついでに駐車場へ向かう。車のエンジンをかけておくためだ。
 近場とはいえこの暑いなかを歩くのは避けたかったので、むっとした空気のこもる車を出して、今。ようやっとクーラーの効き始めた車内から降り、コンビニのドアをくぐる直前、ちょうど扉ですれ違ったカップルを横目になまえがふと立ち止まり、そして。
「早く大人になりたいな」
 そう、何の脈絡もなく言うのだ。いきなりどうしたの、と訊ねると、なまえはうつむいた顔も上げずに言葉を続けた。
「だって、そうしたらもうちょっと、人目を憚らずに外に出られるでしょ」
 視線の先にある石ころに、彼女は何を見ているのだろう。
 がつん、と頭を打たれたような錯覚を見て、至は一瞬足元をふらつかせた。そうだった。屋内で会うことが多いうえ、劇団にいぶかしむような目を向ける人間がいないせいですっかり忘れていたけれど、確かに自分たちの関係は、あまり人目に晒せないものだ。
 エリートと言われる自分が、劇団員である自分が、王子様の茅ヶ崎至が、よもや年端も行かぬ女子高生と睦まじくやっているだなんて、見る人が見れば卒倒しそうな現実がここにはある。お互いインドア派であることに甘えていた。なまえも同じ気持ちなのだと思っていた。でも。そんな。まさか。――彼女は気に病んでいたらしい。自分の年齢が足枷になっていることを、未成年で、高校生である身分を。
「大人になってもいいことないってみんな言うけどね、誰の目も気にしないで至くんとお出かけ出来るんだったら、そんなの全部帳消しだと思う」
 依然なまえは顔を上げない。至もまた、かけられる言葉を見つけられない。
 蝉の音がじりじりと鼓膜を焦がす夏。2人の間には、じめじめとしたぬるい空気が分厚い壁を作っていた。

20180703
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