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午前2時過ぎのメランコリー

『じゃ、あたしそろそろ寝るね。今日もありがとう』
『おつー』
『明日もお仕事がんばって……あ、でも無理しちゃダメだから』
『ういうい』
 ぴこん、というスタンプの受信音を最後に、至となまえのやり取りは終わった。時刻は既に午前2時をまわっていて、お互い明日も仕事や学校があるのに随分無茶をしてしまったなと、ささやかに後悔するところまでがもはやセットと化している。
 此度もいつもと同じように、夜通しのゲーム通話に耽っていたのであった。至は長く楽しんでいるオンラインゲームを、なまえは先週発売したばかりのファンタジーRPGをそれぞれプレイしながら、お互い愚痴を言いあったり独り言をこぼしたり、はたまた攻略について意見を出しあったりといった具合の緩さである。別に同じゲームをやる必要なんかなかった。むしろ通信しながら話すほうが稀なのだ。各々が好きなことをやりながら、特段話すことがあるわけでもないのに時間の共有を求めてしまう。否、そもそもそれを欲しているのはなまえだけで、至はただなまえに付き合ってくれているだけかもしれない。彼には万里だっているし、他にも馴染みのフレンドが居たはずだ。代替なんていくらでも聞く。ただなまえが気兼ねなく話せる相手だというだけで、偶然時間が合うだけで、別に彼にとってこの時間の慰めがなまえにしか務まらないというわけでもなく――そんな、とりとめもなく悲観的な思考に苛まれてしまうこの時間を、なまえはひどく嫌っていた。
 夜は明けない。外は暗い。小鳥のさえずりなんてまだまだ遠くて、きっと至はもう既に夢の世界に旅立っているはずだ。悩んでいるのは自分だけ。束の間のひと時に依存しているのも同じくだ。夜は明けない。光は射さない。この苦しみを分かち合える人も、どこにだって居やしない。
「……ねえ、至くん」
 お仕事、辞めたいなら辞めてもいいよ。彼が愚痴を吐くたびに喉からこぼれそうになる言葉。
 お風呂にだって入れてあげる。全自動俺を風呂に入れてくれる機が欲しいなら、自分が何だって担う。
 お料理だって練習する。臣ほどのものは難しいけれど、それなりな夜食ならいくらでも作ってみせる。
 ――あたしが何でもしてあげる。至くんのしてほしいこと、至くんがやりたいこと、あたしが何でもさせてあげる。
 だから――
「あたし、一緒にいてもいいかな」
 嫌いにならないでなんて言えない。好かれるだなんて思ってもない。ただ願わくば、嫌いだとしても無関心でも、突き放したりしないでほしいというだけだ。
 特別なんて望まない。望む資格も価値もないし、自分を特別に据えたって、目立った利点なんてそうそうありはしない。自分じゃなければならないことがこの世に存在しないなら、端から望まなければいいだけ。夢を見るのをやめればいいだけ。
 それでも一縷を望んでしまうのは、きっと自分が人間だから。それはそれは疎ましいほどに、自分は人間という生き物の殻を脱げない。
「お姉ちゃんの言う通り、あたし、本当に大馬鹿だ」
 自嘲まじりに独りごちて、夜の闇に紛れるようにシーツの隙間へ潜りこんだ。

20180508
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