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きみのきざし

「そういえば、なまえちゃんって好きな人とかいるんですか?」
 ふと投げかけられた咲也のひと言。夕食前の束の間の時間に投じられたそれは、スマートフォンに向かっていた至の視線を上げるには充分だった。
「お、なになに? 咲也はなまえ狙いなわけ?」
「ちがっ――この間オレのクラスの男子が騒いでたんだよ、なまえちゃんに振られたーって」
 綴と咲也が盛り上がるのを横目に、至の意識は再びスマートフォンのほうへと戻る。あと少しで体力を使い切れるところなのだ。するすると画面を滑る至の指は、滞りなく動いている。
「でもなんで振られたか理由を教えてくれないって言ってたから、至さんなら何か知ってるかなって思って」
「確かに、昔からの知り合いなんすよね」
「……まあ、他のやつらよりは長い。でもあんま心当たりないな、なまえとそのへんの話とかしたことないし」
「2人とも生粋のゲーマーだもんな……」
 神妙な顔で頷く綴と咲也が視線を向けた先には、ようやっとスマートフォンの画面を伏せた至の姿がある。ポケットに小さな板を仕舞い、どこか期待に満ちた目を微笑みで弾こうとしたものの、追及をかわそうとする至を縛るのは純粋無垢な咲也の視線だ。どうにも彼には弱い。
「……ていうか、なまえってそんなに人気者なん?」
 流れで浮かんだ疑問だった。質問に質問で返すのは感心しないと言っていたのは、果たして何のキャラクターだったかな。
 なまえが真澄と同じクラスだという話は聞いていたが――もっとも、クラスメイトとはいえ真澄はなまえのことなんて興味なしだったけれど――クラスはおろか学年も違うなまえに告白をする男がいるなんて、よっぽどのことがなければないのではなかろうか。確かに彼女は人当たりが良く顔見知りも多いタイプではあるが、そんなに持て囃されるほどの存在だったか。その辺りの事情はおのれの経験に覚えがある。クラスも学年も違う女に話しかけられたり、今だって部署の違う人に名前を知られていたり。つまり、なまえに同じ現象が起こっているということは――
 プライベートというものにさして関心を持たなかった弊害が、よもやここに来て発揮されるだなんて思ってもみなかった。なんとなくすっきりしない気持ちを抱えながら、つとめて表に出さないよう気を配る。
「なまえちゃん、ちっさくて可愛いとか、話してて楽しいとか、結構人気なんですよ」
 朗らかなままに朗らかな言葉を、咲也はひときわ朗らかに吐き出す。真澄や万里に訊いて確かめることも出来なくはないだろうが、変に勘ぐられるのも困る。特に真澄はカントク以外に興味ゼロだし望み薄だ。
 そもそも咲也は嘘なんか言う人間じゃない。でまかせを言って慌てるところを楽しむ、なんて腐った趣味も持ってはいない。つまりこれは真実以外の何物でもないはずだ。
 なまえを欲しがる人間が、少なくはないという事実。嘘偽りなんかじゃない、誇張なんか微塵もない正真正銘の真実。人気を誇るという現実を前にどこか胸の隅に感じたモヤが、至に小さな萌しを芽生えさせていた。

20180426
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