Fire Emblem

青と紅

死ネタ、息子もいる



 凶刃が息子へ見舞われんそのとき、ナマエは半ば衝動的に駆け出していた。
 それが息子のことを想っての行動なのかと問われたら、おそらくナマエは返す言葉を持たないだろう。彼女はもはや限界だった。最愛かつ無二の幼なじみを目の前で亡くしたうえ、彼女の忘れ形見にも等しい弟妹でさえ、守ることもできなかったのだから。
 天馬騎士団が何だ。聖王の盾が何だ。大事な女の子の一人を救うこともできず、何をどうすれば胸を張って生きていくことが出来るのだ。ナマエには柱がなかった。大好きな幼なじみ、大切な友だち、仕えるべき主君、そのすべてを同時になくした憐れな女の両足は、きっとあの瞬間にぽっきりと折れてしまっていた。
 もはやまともに歩くこともできない精神状態のなか、それでも彼女が生きてこれたのは他でもないクロムがいてくれたからだ。彼はナマエにとって特別な意味を持っていた。愛おしいエメリナの弟であり、彼女の後を継ぐ新たな王であり、ナマエの脆い手を取ってくれた、ひどく優しい人だった。懐が深く勇気のある人。ナマエがまた上を向くための指針となるべき人だったのに。
 結局ナマエは彼ですらも守ることはできず、文字通り手も足も出ないままクロムまで喪ってしまった。
 失意のどん底、ギリギリと言って差し支えない場所にいたはずの彼女を新たに支えるものとなったのは、クロムの忘れ形見であるルキナとネイムの存在だ。彼との間にもうけた愛し子。ネイムはクロム亡き後に生を受けた子供であるが、二人ともがこのイーリスという国を背負い、歴史を継ぎ、王家の血を引く生き残り。リズやウードと同じように、この国の皆を支えていく光になってくれると思った。
 けれど二人が大きくなっていくにつれ、少しずつナマエの心は動かなくなっていく。「もう大丈夫だ」という安心感が、やがて彼女に喪失感という名の絶望を与えるようになっていったのだ。

「――か、母さん……!」

 ネイムが震えた声で名を呼ぶ。愛おしい我が子。年を取るにつれ少しずつクロムの面影を宿してきたこの息子は、きっと生前のクロムを知る者ならひと目見ただけで二人の親子関係を察することができるだろう。
 内面的には少し頭を抱えるところもあるが、見てくれだけならこの子は色濃くクロムの血を継いでいる。その確信がナマエにはあった。

「ああ……よかった。私、やっと、役目を、果たすこと、が……」

 背中が熱い。焼けるようだ。背後から胸までを貫通した刃はずるりと引き抜かれ、乾いた冷たい音を立ててその場へ落ちる。凶刃の主はナマエよりも早くその場に伏していて、おそらく一瞬の隙をついてネイムが仕留めたのだろうと思った。
 ごぼり。せり上がってきた血液が、ナマエの口からどんどんと惨たらしく溢れてくる。霞んでゆく視界のなか、目の前にいるネイムが青い顔をして自分を受けとめてくれるのが見えた。彼の好んだ青い鎧が今や赤黒く染まっている。
 ナマエにはわかっていた。自分がもう「ダメ」だということ。
 長らく武人をしているのだ、おのれの傷の深さくらいなんとなくでも理解できる。けれど死に対しての恐怖や絶望などはなく、むしろ好都合と言えば好都合であった。今のナマエにとって死は救いとなりうる。もはや自分には生きようという強い意志も残っていないのだから、どうせならこんなふうに意味のある死を迎えさせてほしい。
 もうたくさんだ。もう、誰も守れないまま自分だけがおめおめと生き残るのはいやだ。自分の役目はもうどこにもない。どこにもないと思わせてほしい。
 あの子の元へ、逝かせてほしい。

「ネイム……」
「あ……な、なんだよ、母さん! しゃべる元気があるならあっちで――」
「私……もう、無理、だわ。だから……」

 鎧越しでもわかるほどに震えた手をとる。無機質な音を鳴らして動く手は、力加減を忘れたようにナマエの手を握り返した。ふ、とナマエの口元が生気なく笑みをかたどってみせる。
 普段は澄ましているくせに、いざというときにここまで慄くほど、ネイムはネイムなりに親子の情を持っていてくれたらしい。その事実がなんとなく嬉しくて、ナマエは今度こそ悔いというものを晴らせた気がした。
 ならば、そう、あとは――

「……ルキナ。あの子の、こと、よろしく――」

 目を閉じる間もなく視界を染める、まばゆい「紅」。
 それが血によるものなのか、はたまた周囲をとりまく炎によるものなのか。結局その正否を確かめる術を持たぬまま、ナマエは息を引き取った。


20201022

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