Fire Emblem

飛竜の息吹が聞こえるここで

 ――ね、ジェローム。お願いがあるんだけど。

 そう持ちかけたとき、仮面越しでもわかるくらいの嫌な顔をされたことを覚えている。
 それでも彼は決して無視はせず、わたしの話に耳を傾けてくれた。ぶっきらぼうな物言いではあるが、「なんだ」と確かに。

 ――わたしにね? 首輪、つけてほしいんだ。

 証がほしかった。わたしがジェロームのモノであり、ジェロームがわたしのご主人様であるという、物理的な証が。
 ジェロームがその申し出を断ることもわかっていたのだ。彼は優しいから、決してわたしをモノみたいに扱ったりしない。あくまで対等に、所有物ではなくパートナーとしてわたしのことを見てくれる。それがとても嬉しくて、涙が出るほど幸せなはずなのに、時折ひどく不安になってしまうのがわたしの悪い癖なのだけれど。
 案の定ジェロームはわたしの提案を突っぱねてしまった。「私はお前を家畜のように扱うつもりなどない」と。まったくもって真っ当で、当たり前で、なんと慈愛的な言葉だろうな。
 その優しさに不安と焦りを覚えてしまう自分がひどく腹立たしくて、その日のわたしは、彼の背中を追いかけることができなかった。


  ◇◇◇


「ナマエ、こちらへ来い」

 微睡みに身を任せていた昼下がりのこと。少し出かけてくると言ったジェロームは、帰宅早々わたしのことを呼びつけた。
 2人で町へ出向いて選んだお気に入りのソファから降り、わたしはジェロームの元へと足を運ぶ。眠気でふらつくわたしを受け止めたジェロームが首の後ろで指を動かしているのを、わたしは半ば夢うつつのような気持ちで受け入れていた。
 ――この指が、わたしの体に消えない傷を残してくれたらいいのに。
 そんなことを言えば、きっとまた怒られてしまうのだろうな。

「できたぞ。目を開けろ」

 ぱちり。まばたきしてジェロームから体を離す。ふと首元に違和感を覚えたので指をやると、そこにあったのは飛竜の――ミネルヴァちゃんの折れた爪をあしらった無骨なペンダントだった。
 ジェロームの鎧を思わせる漆黒の鉱石をうまく嵌め込まれたそれが、おそらく手作りであろうことは指に感じる重みと印象で理解できる。けれど決して造りが甘いなんてことはなく、むしろお店で売っていてもおかしくない部類の――

「以前言っていただろう、首輪がほしいと」
「え? あ、うん……」
「私には……その、恋人に首輪を着けてやる趣味はない。前にも伝えたことだが、お前とはあくまで対等な立場でいたいからな」
「……うん」
「だが――私だって男だ。好きな女のたっての願いを無視もできなかった。だからこれで――」

 言い終わるのが待ちきれなかった。わたしはぴょんとと飛び跳ねてジェロームの首に抱きつき、彼の思いやりをうんと味わう。鎧を脱いだ彼の体は温かくて、ゆっくりと背中にまわされた手が力強く抱きしめてくれるのもあわさり、泣きたいくらいに幸せを感じられた。
 大好きなジェロームが、わたしの話を聞き入れてくれていたこと。わたしの卑しい申し出に、彼なりの答えをくれたこと。愛されているという実感。そのすべてが胸をきゅうきゅうと締めつけて、視界をじんわりと滲ませる。

「ありがとう、ジェローム。大好き」

 厚い胸板に頬を寄せる。私もだ、といっそう力強くなった両腕の力に、わたしは世界一の幸せ者だという確信を得るのだった。

2020/02/01

- ナノ -