Fire Emblem

この世がもたらす何よりも

「ナマエ……これ、どうぞ」

 目の前に差し出されたのはぐちゃぐちゃの花冠だった。おぼつかない手つきで作ったのだろうことがよくわかるそれは、幼い頃にナマエが好きだと言った花によく似たもので彩られている。
 フェリアとイーリスでは気候の差もあって自生する植物に違いがあるが、国境近くにはイーリスの花が咲く場所もあるらしいと、そういえばいつだったかに近所の少女に教えてもらった気がする。気立てのいい彼女は自分たちにも分け隔てなく接してくれて、フェリアのこともよく教えてくれた。こちらに来て間もないのも相まって、ナマエはまだここいらの地理に詳しくないのだ。
 そういえば先日、気分転換も兼ねて少女とエメリナの二人で少し遠出をしたのだと――そんな話をしていたか。ちょうど、ナマエが訓練のために王城へ向かった日のことだった。

「ええと……これを、どうして私に?」

 ナマエは、未だ戸惑っている。彼女のなかに満ちているのは、拒絶ではなく困惑だ。

「あ……迷惑、だった?」

 しかし、エメリナはまだそういった人の機微をうまく読み取ることができないようである。ゆえに自分の考えはしっかり言葉にしよう、そんなふうに物言いを改めながら、ナマエは彼女と接している。

「まさか! ごめんなさいね、少し驚いてしまったものだから……」
「う……受け取って、くれる?」
「もちろんよ。……ありがとう。とっても素敵だわ」

 震える指先で握られたそれを丁重に受け取る。少しでも乱暴に扱えばすぐに崩れてしまいそうだったが、しかし、その花冠には見た目以上のあたたかさがこもっている気がした。

「む……昔の、ことを。思い出した、わけでは、ないのだ、けれど」

 ここしばらくで、エメリナは随分とよく喋れるようになった。まだまだ片言で、幼子のように途切れ途切れであるが、それでも保護した直後に比べれば何倍も聞き取りやすい。
 ナマエは、じっとエメリナの瞳を見つめる。彼女の言わんとしていることを、きちんと読みとってやるために。

「この、花を、みたとき。あなたの……こと。思い、出した、から」

 エメリナは、曖昧ながらもふわりと微笑む。その顔はかつて――そう、確か十年ほど前の、ちょうど今頃に見たそれとそっくり同じだった。
 エメリナは公務の、ナマエは訓練の合間を縫って、なんとか二人で会う機会を捻り出したとき。エメリナは優しい手つきで、ナマエの好きな花で立派な花冠を作ってくれたのだ。
 記憶はなくとも、思い出を魂に刻みつけてくれている。その事実が嬉しくて、しあわせで、ナマエは文字どおり瞬く間に、視界をすっかり滲ませてしまった。

「ああ……泣か、ないで。」
「あ――ごめんなさいね。嬉しくて、つい」

 感極まったナマエを前に、エメリナは気遣うような目に向ける。それは彼女の生来の優しさがもたらす行動であり、根本が何も変わっていないことを実感するたび、ナマエはいつも心を震わせてきた。ただ、今日がひときわだっただけだ。

「今度は一緒につくりましょう。私も、こういうのが得意なわけではないけれど……」

 ナマエはいてもたってもいられなくて、そうっと優しく、エメリナのことをだきしめた。
 一瞬体を跳ねさせたエメリナであったが、すぐに落ちついてナマエの体を抱き返す。うれしい、とつぶやいたその声は、この世がもたらす何よりもまろやかな響きをしていた。


覚醒10周年おめでとうございます!
2022/04/19

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