Fire Emblem

誓いの弓立

 ジェロームがひどく優しい男であるということを、恋人であり幼なじみでもあるわたしは深く理解している。
 彼は真っ当な感性を持った常識人だ。まあ、仮面の趣味やそのあたりは少し人と違ったものを持っているけれど……それでも彼が面倒見の良い優しい人間であるというのは、きっと自警団の……うーん、そうだな、数人くらいはわかっていることだとわたしは思う。
 ただ、彼は失うことを恐れるあまり他人に踏み入られることを嫌う。わたしがここまで近い場所にいられることが奇跡なくらい、彼はずーっと、他人というものを寄せつけぬように生きてきた。
 ずっとずっと待っていたのに、決して帰ってこなかった両親のことが、深く心に刺さっているせいだ。
 わたしは……そう、わたしだって実のところ、親というものに縁はない。父も母も知らぬ間に死んでいたし、兄弟のたぐいもいない。両親ともに天涯孤独の身の上であった都合上、親戚というものもよくわからない。わたしもずっとひとりだった。ひとりでいるのが当たり前だった。胸のうちにある空虚と不安はやがてわたしの心を歪ませて、わたしはもう「拠り所になってくれる誰か」がいないと生きていけないふうになった。それは寵愛でも命令でも消費でも何でもよくて、わたしに何か役割だとか、目的だとか、指針になるような何かをもたらしてくれる人がいないとわたしには何もできないし、何かを理解することもないのだ。心の針が、止まるから。
 そんなわたしが絶賛寄生中の相手が件のジェロームなのだけれど、こうして頼りきってみると彼のまともな感性のほどがよくわかる。彼はわたしを人として扱った。わたしが何度「好きにして」と言っても彼は決して、ただの一度もわたしのことを蔑ろにしなかった。うつむいていれば気を遣って、眠っていれば毛布をかけて、笑っていれば微笑んだ。それは恋人になる前から変わらなくて、わたしが何か危なっかしいことをするたびに、ジェロームはミネルヴァちゃんとともにわたしをさらっては釘を差してきた。痛みの伴わない釘なんてわたしは初めて打たれた。
 そのうち気がついたのだ、彼がわたしに負けず劣らずの淋しがりであるということを。月日が流れればわたしたちは孤独を慰めあうように一緒になって、けれどもそれは馴れ合いや傷のなめあいなどという無粋な言葉では表せない、わたしたちだけの関係である。
 わたしはジェロームのことが好きだ。好きで、好きで、たまらなくて、でも時々憐れだと思う。こんなにも優しくて柔らかいものを持つ彼は、きっとこれから先も失うことを恐れながら、けれども時には孤高を抱えて果敢に立ち向かっていくのだろう。
 だから、わたしは彼を守ろうと思う。彼の後ろに立ち、この弓を構え、ジェロームを傷つけんとする何もかもを排除したい。わたしはジェロームのことが好きだし、ジェロームしかいないから、今の寄る辺と化している彼にとって、もはや礎のような何かになってしまおうとすら思う。
 ただきっと、ジェロームはこんなわたしの話を聞けばまた仮面越しに顔をしかめてしまうと思うので……このことは、必ず墓場まで連れて行ってやろう。


20201030

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