いつか思い出になって(1/2)
いつの日か思い出になってじっと見る。
愛しい男がかぶっていたテンガロンハットが
持ち主がいないだけでなんだか違うものに見える。
時々ゆらゆら揺れるそれをじっと見ていた。
何を考えるわけでもなく、ただジッと。
「となりいいかい」
「えぇ」
マルコが★の隣に座った。
うつむいた姿はいつもより小さく見えた。
「挨拶はすんだかよい」
「正直、全然」
★は儚げに笑って見せた。
「何をね、話したらいいかわからない」
テンガロンハットを見つめていた瞳は少しうつむいた。
「全然実感わかないの。なのに、涙だけはでてくるもんなんだね・・ビックリ」
心と体が違うものみたいに思える。
頭ではわかっているのに心が否定する。
「死ぬまでの間、離れてたからかなぁ?エースが帰ってこないなんて実感どうしてもわかなくて」
今でもひょっこりと顔を出して・・またせたな、なんてニコッといつもの笑顔で現れそうで。
「私がこんなに脆いと思わなかった。ガッカリだよ。受け入れられないなんて」
実感がわかないんじゃない。
ただ受け入れたくないだけ。
そう、ただ見たくないだけ・・この現実を。
「背を向けて逃げてるだけ。逃げたって変らないのに目を背けて見ようともしない・・自分にはホント呆れる」
自分だって海賊のはしくれだ。
いつだって覚悟はしてきたし、彼もまた海賊・・わかってるつもりだった。
明日がある身じゃないから今を精一杯生きてきた。
明日どうなるかわからない。
だから伝えたいことは伝えてきたし悔いは残らない愛し方をしてきたつもりなのに・・
「親父の事は受け入れられた。親不孝な娘だよね、ホント」
親父を亡くしてるのに今はエースの死を受け入れられないっていうので精一杯だ。
「ナース達が下船してから親父の世話、私がしてきたじゃない?」
男に世話される趣味はねぇって言いながら親父は私しかそばに寄せなかった。
「娘と息子はやっぱ違うのかな?親父、息をするのも苦しそうで・・立ってるのが不思議だったくらい」
この戦争で最後だと覚悟はしてたからだろうか・・親父の死は理解できた。
「あ、これ内緒ね?親父に怒られちゃう」
娘の前では素直になれてたんだろうか・・
初めて弱音も聞いたし少しの間だったけど随分親孝行出来たんじゃないかと思う。
「あ・・でも・・もう・・・怒ってもくれないのか」
覚悟をしていたといってもやっぱり涙は出てくる。
あの偉大な親父はもういない。
だれよりも寛大で豪快な、あの親父はもういないんだ。
エースの事を乗り越えたらよくやったと褒めてくれると思ってたのに、その親父はもういない。
「ダメだ・・やっぱり・・。親と恋人いっぺんに失うなんてついてけない」
★は唇を噛んだ。
エースを失って、親父がいたらきっと包みこんでくれたんだろう。
怒ってくれたんだ。
そして行くべき道を導いてくれてたんだ。
そしたらきっとエースの死を嘆くことができたんだ。
そう想ったらいたたまれなくなった。
親父が居なくなった穴は理解できるのにエースがいなくなった事は考えすらできない。
やっぱり私は親不孝だ。
「親父の死を嘆くことで・・逃げてるのかな?私・・。もう最低だ」
「そんなに長くここにはいられねぇんだよい」
残された時間は短い。
その間に最後のお別れをしなくてはいけない。
なのにそのお別れが★にはできない。
最後だと想うことすら・・
「会いたいって思ってた。エースがいない間ずっと・・会いたいってそばに居て欲しいって・・。やっと会えたのに・・」
エースがいないのが辛くて、寂しくて、会いたくて、会いたくて・・
もうどんなに願ってもエースは、いない。
帰ってこない。
痛みが増す。
考えないようにしても、今度は溢れてくる。
現実が襲ってくる。
「居ないんだ、エースはもう、いない。会えない、抱きしめてくれない。笑顔を見れない・・いない!」
いろんなエースが溢れてくる。
溢れかえってくるいろんな事に押しつぶされそうになる。
受け入れようとするたびに押し寄せてきた痛みを否定して考えないようにして・・
また向き合って逃げて・・
それを繰り返してきた。
いつになったらこの痛み全部受け入れられる?
「夢・・なんじゃないかって。寝て起きたらエースがいる気がして・・。もしかしたらって何度も思って・・・」
現実逃避を繰り返した。
大丈夫、エースが死ぬはずないって・・
「でもわかってた。帰ってこない。わかってる。わかってるよ?でも・・」
あぁ、また襲ってくる。
壊れそうな自分を必死で守ってきたのに・・
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