東堂:僕なら愛してあげられるのに
side 東堂尽八

『最近連絡ないがうまくやってるのか』
『うん、絶好調』

送られてきたペンギンがバンザイをしているスタンプを見ながら小さく息を吐く。

麗華から彼氏ができたと連絡が来たのは去年の秋から冬にかけてのことだったか、気がつけば1年、うまくやっているらしい。

その間に俺が彼女に会ったのは帰省した際の僅か4回。といっても、繁忙期だった正月は従業員としての会話とほんの数回の憎まれ口を叩くくらいで、彼氏の惚気らしき何かを聞かされたのは春のことだった。


「それでね、クリスマスは私が仕事で会えなかったんだけど、サプライズでうちまで来てくれてね、これ!見て、貰っちゃった」

仕事中は纏めている髪を下ろした麗華と夕飯を食いに行ったその日、彼女は嬉しそうに右手で左側の髪を耳にかけた。

その仕草に、心臓が音を立てたのは気のせいだ。

そこから見えた大振りのキラキラと光るピアスは2つ年上だというその男が彼女にプレゼントしたものらしい。

「よかったな」

そう言いながら、内心は穏やかでない自分を笑う。彼女はあくまで昔の想い人で、大切な幼なじみだ。幸せを願おうじゃないか、そう何度も自分の中で言葉を唱えて。

「よく似合ってる」

本当は、麗華にはもう少し小ぶりで上品なピアスの方が似合うと思うが、などと言ったら平手打ちされそうだなと、見たこともない想像上の麗華の彼氏の話を静かに聞いていた。


***

「俺は一体何をやってるんだかな」


現金なもので、うまくいっている時はこちらに滅多に連絡をしてこない麗華に、数ヶ月に1回、近況確認の連絡を入れる俺の意図は。「うまくいってる」と聞いてこぼれ落ちる小さなため息の意味は。考えたくもない。

「自転車が恋人だ」

高校の頃は、よく花咲に「東堂ってみんなにファンサービスしてるけどさ、好きな子いないの?勘違いされちゃわない?」と聞かれたけど、その時頭に思い浮かぶ麗華の顔はすぐに消してこの言葉を言っていた。

花咲に話すようでいて、自分に言い聞かせていたのだろうか。


−−好きじゃないなんて言い聞かせてる時点で好きでしょ


タイミングがいいのか悪いのか、ちょうどテレビから聞こえて来たその言葉は最近流行りの恋愛バラエティ番組でのトークのようだ。


「好きなわけないだろう」


誰にでもない、自分に向けて発したその言葉は、やっぱり朝起きて冷静に考えてみると自分に言い聞かせているようにしか感じられなくて、布団の中でまた一つ、ため息をついた。

***

その後、彼女からの連絡が来たのは僅か数週間後のことだった。

トーク一覧の彼女の名前の隣に3と数字が書かれている。最後のメッセージは『麗華がスタンプを送信しました』の文字。連絡が来て嬉しいと思ってしまう自分を本当にバカだと嘲笑いながらそこを押せば、短文が2つと、泣いているペンギンのスタンプ。


『他の女の子と歩いてたの』
『もうやだ』


フツフツ、と怒りがこみ上げてくるのがわかる。

メッセージを読んですぐに電話をかければ、3コール目で彼女のすすり泣く音が聞こえて来たから少しホッとした。

「じん、ぱちく…」
「麗華」
「っ…うっ…」
「本当にお前は男を見る目が…」

いつも通り、そうやって笑い飛ばしてやろうと思ったのに。
彼女の声色から、今までとは何かが違うことを感じ取って。

「麗華?」
「…わたし、やっと、運命の人見つけたと思っ…」
「………」
「ちゃんと将来のことも考えてるって…っいって…それ、で、」
「……そうか」
「ほんと、に、好きだった…のかも…」
「…のかも、とはなんだ」
「そう言わなきゃ、悔しいから…」

泣き言を言うことも愚痴を言うことも何度だってあった。でも、ここまで参ってる彼女を見たのは初めてで、どうして俺はこんな時にすぐ飛んでいけないのかと自分の置かれた環境を恨み、行ったところで俺には彼女を抱きしめて慰める資格もないのだとこの期に及んでそんなくだらない捻くれた考えが頭を掠めた。

「も、やだ…」
「相手の男には言ったのか」
「っ…既読無視されて、電話も出ない」
「そうか」
「っ………」
「気がすむまで泣けばいい、朝までだって付き合ってやる」

それからどのくらいだろうか、耳元から聞こえてくる彼女の泣き声をずっと聞いていた。

数分経っては「尽八くん、ごめんね」と、鼻声で言う彼女に「気がすむまで泣けと言っただろう」と答えること数回、漸く涙が枯れたようだ。

「っ…、ありがとう」
「ああ」
「私、はあ…」

いつものように笑ってやれない、麗華の落ち込みようが、俺の心臓を切り裂きそうだ。

「………俺がその男を殴りに行ってやりたいものだ」

電話先の麗華は一瞬息を止めたような気がする。
そして小さく笑った。

「…殴られ返されて終わりそう」
「なっ…!」
「彼、すごい体格いいよ、ラグビーやってて」
「………」
「……ふふ、ありがと」

それから暫く、彼女の思考を整理するためのひとり言に相槌を打って、「すっきりした、彼と話してみるね」そう言った麗華に「何かあったらすぐ連絡しろよ」といい幼馴染のフリをして伝える。今の俺にできるのは、残念ながらそれぐらいしかないという事実がまた胸を締め付ける。

「ありがとう」

麗華から、その男と別れたと連絡が来たのはそれから数日後のことで、最後に『絶対に次こそは運命の王子様を見つける!』と熊が拳を突き上げて「エイエイオー」と書いてあるスタンプが送られて来てため息をつく。

「運命の王子、なあ…」

俺じゃダメなのだろうか、声に出せないその言葉を飲み込んで、俺はまた『頑張れよ』と彼女の一番の応援者の仮面をかぶってエールを送った。

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