福富:しみったれた失恋ラプソディー
side 葉山実菜

大学3年を間近に控えた3月。結局次の恋に踏み出すこともできそうにない私は、合コンに行くのをやめて春休みの予定にバイトを詰め込んだ。そんな中訪れた休日、私はクローゼットの奥に押し込んであった黄色い箱を開いた。

「…懐かしいなぁ」

ザクザクと自分の心臓を切り刻むように過去の幸せに縋って、私はそれでも前に進まなければいけない。

いつまで経っても、寿一くんのことが頭から離れないそんな毎日に嫌気がさしていたのだ。

「第二ボタン」

「ふふ、これ手つないだときの映画だ」

一つずつ、寿一くんと別れてすぐにその箱にしまい込んだ思い出の品を取り出して。キッチンからごみ袋を持ってきてその中に入れていく。

「……」

荒北くんに撮ってもらった卒業式の日の写真。嬉しくて待ち受けにするだけじゃなく、コンビニで印刷して、寿一くんに押し付けた。そういえばそれはどうしたのかな、まあ、寿一くんのことだから部屋に飾るなんてこともしないだろう。

この写真立ては私が京都に立つ前の日に寿一くんが買ってくれたもの。と言っても、あからさまにお店で私がずっと見ていて、それを多分しょうがなく買ってくれたんだろう。

「懐かしいな…」

そんなに数多くない思い出の品を一つ一つ取り出して。その時の光景を頭の中から一つずつ消していこうとしてるのに、溢れてくるのは涙ばかり。

「…ほんと……なつかしい…」

幸せだったのだ、寿一くんから愛が返ってこなくたって、彼の隣を歩けることがとても。

でもそれと同じくらい辛かった。距離だけじゃなくて心まで遠くに行ってしまったような、行ってしまった、というか元々近くになかったのか。

「…寿一くん」

涙でキーホルダーが見えない。これは、水族館に行った時に無理矢理お揃いで買ったイルカのキーホルダー。寿一くんが寮の鍵につけてるのをそのあと見つけてすごく嬉しかったなぁ。

その箱には幸せな思い出しか残っていなかった。でも全部取り出してもいっぱいにならないごみ袋に、私たちの時間はその程度しか重ねられなかったのだという現実を突きつけられる。結局やっぱり、私は今まで、長い長い片思いをしていただけなのだ。お腹が痛くて、うずくまった私を助けてくれた彼に恋をしたあの日から、彼は優しく私の隣にいてくれたけど、多分そこには私の恋しか存在していなかったのだ。

「…ばいばい、寿一くん」

本当に、今日で終わりにしよう。
ちゃんと前を向いて、自分の足でしっかり立って、それで、もっともっと寿一くんなんかよりも素敵な人と出会って。いつか彼に笑顔で会えるように。

***

そんな私の心を大きく揺さぶる電話がかかってきたのは、しまい込んだ思い出の品を全て入れても大していっぱいにならなかったごみ袋の口を結んで袋を持ち上げたその時だった。

来週のシフト、人が足りないと店長が昨日騒いでいたから、どうせバイト先からお伺いの電話だろう。表示されたのは名前ではなくただの電話番号だったから、きっと店長か副店長の携帯だと決め込んで、流れていた涙を拭いて、鼻をかんで通話ボタンを押す。

「葉山か」

そこから聞こえてきたのは、今さっき恋心をごみ袋に詰め込んだはずの長い長い片思いの相手だった。

「え………」
「福富だが」
「……………」
「突然電話をしてすまない」
「えっと………」

頭が真っ白、とはこういうことを言うのだろうか。

「…今から、会えないか」

今から、会えないか?ってどういうこと?

「何言って…」
「京都に来ている」
「え?」
「葉山に話したいことがあって、来た」
「じゅ、いちくん?」
「すまない、突然来るのは迷惑かと思ったが」
「待って……意味が…」
「こうでもしないと伝わらない気がして」

私は今、夢を見ているのだろうか。ならば誰か叩き起こしてくれ。そう願いながら手をギュッと強く握りしめると、先週初めてネイルサロンに行ってしてもらったネイルが掌に刺さってピリリと痛む。どうやら、夢じゃないらしい。

「…あの…」
「今日が難しければ、明日でもいい、少しでいいから時間をもらえないだろうか」

寿一くんってこんなに喋る人だったっけ。

「…葉山」
「寿一くん」
「どうしても、会いたい」

胸が苦しい。部屋の酸素が一気になくなっていく。
どうしてそんなに切ない声で、そんなことを言うの。さっき私は、ごみ袋に、寿一くんへの思いを捨てたばかりなのに。

「会いに行ってもいいか?」
「あの…」

それからどうにか言葉を絞り出した私は「今から京都駅に向かうね」と彼に告げた。16:00に京都駅にある時計台の前で、と告げると寿一くんは「ありがとう」と私に言った。

やっぱり現実のものとは思えなくて、悪い夢なら今すぐ覚めて欲しいとそんなことを思いながら、クローゼットを開けてワンピースを引っ張り出した。

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