荒北:乙女の葡萄酒
side 白波亜梨沙

「亜梨沙〜」

今日は芽依と新開くんと4人で飲む約束をしている。付き合いだして2週間。彼氏と彼女になった私たちが二人に会うのは初めてだ。

「よ、靖友」
「ヒュウ」
「芽依チャン、ヒュウ、じゃねェっつーの」

あはは、と声を出して笑う芽依が靖友くんの隣を通り抜けて私の元へ。

「亜梨沙〜」

ギュギュギュ、と苦しいくらいに抱きしめられる。

「荒北ばっかじゃなくて私も構ってね」

一言目がそれかい、なんて大好きな友人に私も負けじと抱きつけば新開くんが「妬けるな」と、今まで何度言われたかわからないその言葉をまた言われた。

その日は芽依が気になっていたという釣りができる居酒屋。

座席に案内されると二人が当たり前のように隣同士で座るので、その正面奥に座ると隣に靖友くんが何ともないような顔をして座った。

この前は隣に芽依、前に靖友くん。

今日は…

「へへへ」

同じことを考えているらしい芽依が、抑えきれない笑顔を隣の新開くんに見せると、少し呆れたような、でも可愛くてたまらないとでも言いたげな表情で芽依の髪を撫でた。

「芽依、何飲む?」
「んー、そうだなぁ、甘いの飲みたいな」

その言葉を聞いて新開くんがカクテルのメニューを取り出す。

「カルーアミルクとか?」
「うーん、じゃあそうしよっかな」

甘い二人の空気は大学時代から変わらない、そんな風に誰かから思われる芽依を、羨ましく思ったこともあったけど、今日は、むず痒い。芽依に彼氏を会わせるのは、初めてだ。いや、会わせるというか芽依の紹介だけど。

「亜梨沙チャンはァ?」
「…あ、じゃあレモンサワー…、靖友くんは?」

スッともう一枚のカクテルメニューを差し出しながら尋ねる靖友くんにそう答えると、私のその言葉と共に、その場の空気が、シーンと静かになって。

「え?」

3人を見渡せば、バシバシ新開くんの二の腕を叩いている芽依と、その様子を見て笑っている新開くんと、そんな二人を見て呆れている靖友くん。

「芽依チャァン…」
「ごめ、ごめん…気にせず続けて」

顔を覆いながら肩を震わせている芽依の言いたいことは、なんとなくわかった。

「…靖友くん、だって、え、もう、亜梨沙可愛すぎるんですけど」

片手は口元、もう片手で新開くんのことを叩きまくっている芽依に、すごくすごく、恥ずかしくなってくる。

「ほら、芽依、落ち着けって」
「はあ、もう、亜梨沙可愛すぎて無理」
「名前呼んだだけだろ」
「それがたまらない可愛い好き愛してる」

芽依が本当に嬉しそうに私を見ている姿に大笑いする新開くんが、揶揄うように靖友くんを見ると彼はバツが悪そうに頭をかいた。

「荒北、私がやっぱり亜梨沙の隣座る」
「はァ?ダメに決まってんだろ」
「ケチ!ケチ男!はあ、やっぱり今日会う前に会えばよかった荒北に遠慮して誘わなかったんだけど」

ジタバタと多分4人の中で一番盛り上がっている芽依が、自分を落ち着けるように深呼吸をして。

「亜梨沙、よかったね」

本当に嬉しそうに笑うからなんだかよくわからないけど泣きそうになった。

***

「じゃあ、また飲みにでも行こうな」
「亜梨沙、今度またいつものとこでご飯食べようね」
「うん、また連絡するね」

お店を出て芽依の家へ帰るという二人を見送る。

「…仲良いね」
「ハッ、相変わらずだねェ」

眺める先、10mくらいしか離れてないのに、新開くんの腕に幸せそうに腕を絡めて、二の腕に頭をくっつける芽依は、大学の頃から見慣れているけど本当に幸せそうだ。

「…俺たちも、帰るゥ?」
「そうだね」

芽依たちとは違う方向へ。今日はうちに来るのだろうか。

あの日以来、結局うちには泊まっていない、というのも付き合って初めてのデート、帰りの車の中で咳が止まらなくなった私を見て、夜ご飯も食べずにまっすぐに私の家へ。一緒に私の部屋に入るなり、体温計を出せと言って、その表示を見て靖友くんが慌てておじやを作ってくれた。味が薄くて全然美味しくなかったけど、すごくあったかくてすごく幸せで、「連れ回しすぎた、ごめん」って、全然靖友くんは悪くないのにそう言ってベッドに横になった私のおでこを撫でた靖友くんの顔が忘れられなくて、余計に熱が上がるかと思った。

そんなこんなで結局、あの日靖友くんが言った「今度は泊めて」という言葉は実現していない。正直、いやまあ、早いかな?とは思うけれど、でもあの初デートの日、ちょっと期待してた分、熱を出した自分を数日責めた。

「…ウチ、来れば?」
「え…?」
「こっからなら、俺ンちの方が近いからァ?」

白い街灯に照らされた靖友くんは、多分照れている。

「…あ、うん…じゃあ、そうしよう、かな?」

私の答えを聞いて、口角を上げた靖友くんの隣を歩く。まだ、ドキドキするけど。

さっき、芽依が幸せそうに新開くんの腕に手を回していたのを思い出して。

靖友くんは、外で手繋ぐのあんまり好きじゃなさそうだな、なんて、初デートで結局手を繋いだのは私の部屋に入ってベッドに寝かせるまでのその距離だけだったことを思い出した。

「…靖友くん」
「ン?」
「酔っ払っちゃったみたい」

私の言葉に少し驚いてから、小さく笑った。

「そうは見えないけどねェ?」
「…えー」
「ン」

恥ずかしそうに手を差し出して。

「繋ぎたいならそう言えっての」
「……へへ」

手を重ねれば、力強く指を絡めてくれる靖友くんにドキドキする。

「靖友くん」
「ナァニ」
「これからデートするときは手繋ぎたいな」
「絶対ェ嫌だ」
「ケチ」

付き合って2週間、デートと仕事帰りのご飯で、会った回数は5回。少しずつだけど、探り合いから二人の空気が出来てきた気がする。

「なァ?」
「なーに」
「…泊まってけばァ?」

握られた手のひらに少し力が込められる。ずるいなぁ、そんな目で見つめられたら、頷くしかないじゃない。

「ウチ、男モンのシャンプーとかしかねェから」

そう言って靖友くんの家のすぐそばにあるコンビニに入ってメイク落としの入ったお泊まりセットを買って。

パジャマに、と借りた大きなTシャツに腕を通して。

初めての夜は、普段の靖友くんからは想像できないくらい甘くて優しくて兎に角私のことばかり考えてくれて。

次の日の朝、キッチンを借りてコーヒーを入れる私が着た、しわくちゃになったTシャツを見て笑いながらぎゅっと抱きしめてくれるところまで全部丸ごと、幸せしかなくて、今日地球が終わっても悔いないなぁと呟いたら「まだこれからたくさん楽しいことすンのに何言ってんだヨ」とおでこに優しくデコピンをされた。
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