福富:迷走のアオハル
side 福富寿一
「久々だな!乾杯!」
「芽依チャン、留学中だってェ?」
「花咲は英文科だしな」
「ああ、カナダ、本当は長期留学したかったらしいけど」
「彼氏が寂しくて死んじゃうからやめるってかァ?」
「したいならすればいいって言ったんだけど、芽依の行きたいところだと卒業遅らせないといけないらしくて、そこまではしたくないってさ」
大学2年生の春休み。
荒北の帰省に合わせて行われた恒例の集まりは、2月から短期留学に行っている花咲が欠席の中行われていた。
「フク、別れたらしいな」
目の前で相変わらずカチューシャをつけている男が、つい先日誕生日を迎えて飲めるようになったビールを俺のグラスに注ぎながら、スパッと話を切り出した。
「…ああ」
自分が想定していたより少し落ち込んでいた声が出てしまったことを悔いる。
荒北が珍しいものを見るように俺を見て、隣に座っている新開は寂しそうに笑った。
「俺が悪かった」
「…そうか」
「今年の寿一の誕生日は二人で寂しく祝い酒したんだよな?」
「ああ」
「俺ちゃんと0時にLIMEしたヨ」
「俺は朝一番に電話をした」
去年の誕生日は葉山が東京に来て祝ってくれた。財布をもらったのはその時だった。
彼女が隣にいなかった今年の誕生日は新開が「男二人で寂しいけど」なんて言いながら缶ビールやら酎ハイやらを部屋に大量に持って来て0時ちょうどに乾杯して、少し過ぎたくらいに新開宛にビデオ電話がかかって来て花咲がお祝いしてくれた。確かに荒北からもメッセージが届いて、東堂からは朝早くに電話がかかって来た、ぽっかり何かが抜けている幸せな誕生日だったと思う。
彼女と別れてからもう季節を二つ越えるところだ。事あるごとに思い出すのは彼女と過ごしたなんでもない毎日や、電話越しに聞こえた彼女の笑い声。
「福チャンならまたいい奴みつかっよォ、独り身仲間ァ」
約1年前に酒を飲めるようになった俺と11ヶ月も飲酒歴が違うこの男は慣れた手つきで俺のグラスにグラスを当てた。
「それにしても隼人は花咲と離れてもっと落ち込んでるかと思ったがな」
空気を買えるように話を切り出した東堂に新開は笑う。
「ま、寂しいけどな、会いに行っていい?って聞いたら2ヶ月ぐらい我慢してって言われた、バイト代、貯めてたのにさ」
「ハッ、何が長期留学したいならすればだヨ、全然ダメダメじゃねェか」
「ダメじゃないさ、離れたら離れた分、言葉と行動で埋めるだけだろ?」
「会いに行くから留学行っていいってかァ?」
「もちろん。そのためならバイトいくらでも入れるし、毎日電話するぜ?」
「芽依チャンも大変だなァ」
「何言ってんだ、芽依だって毎日メール送ってくる」
本当は多分新開も寂しいのだろう。タイムはもちろん落ちていない、それにつまらなさそうでもない、でも部活中のメニューへの取り組み方も何となく淡白な感じがするし、後輩への無駄口も減ってまっすぐ寮に帰ることが増えた。
部活終わりには必ず一番最初に携帯を見ているのも知っている。たまにその画面を嬉しそうに見ている時があって、多分、花咲からの連絡が来ていたんだろうな、と中学の頃から知っている友人の新しい一面を見て、まだまだ俺の知らない彼がいるのだろうと思っていた。
「距離が離れてる分、お互い努力しないと不安になるだろ?こういう時はしつこいほど好き好き伝える方がお互い安心するんだよ、俺らはな」
芽依に言わせればたった2ヶ月、らしいけどさ、そんなこと言って笑いながら、彼は手に持っていたグラスを傾け、テーブルに置いていた携帯に目をやった。
***
「ん…芽依…」
やはり寂しいのか、気の置けない仲間たちとの久々の再会で気が緩んだのか、いつもよりも随分と早いペースで酒を進めた新開が早々に潰れて隣でウトウトとする。
「ハッ、寝言かヨ」
「相変わらず仲が良いのだな」
「新開も寂しいのだろう」
「芽依チャンに送ってやろっと」
荒北が携帯のカメラに新開の寝顔を収めると、東堂が静かに目を伏せた。
「葉山さんは、京都だったか?」
「…ああ」
「フク、大切にしたいものは多少かっこ悪くもがいてでも掴み取ったほうが良い」
「ッセ!お前だって出来てねェだろ」
「俺にはまだそんな存在はおらん!」
「なんだっけ、麗華チャン?」
「…………荒北何故その名前を」
「芽依チャンのことさえ苗字で呼んでんのにねェ」
「な!まさかお前、アイツのことが気になるから名前を覚えているのか」
「ちげェよ、アホか」
「アホではない!ったく、心臓に悪い、やめろ、そもそもアイツには彼氏がいてだな…」
俺へのアドバイスをしていたはずが、他の女性の話になった。引き続き話を続けている二人を見るに、どうやら、昨年東堂庵を訪れた時にいた仲居をしていた女性らしい。
「荒北!邪魔をするな!俺は今フクに大事なことを伝えてるのだ」
「ヘイヘイ」
「フク」
荒北が大人しくなったところで、また東堂が随分と真面目な顔をしてこちらを向いた。
「かっこ悪いところを見せたって良いんじゃないのか。どうせフラれてるんだ」
「福チャン、まだ好きなのォ?っていうか本当はずっと聞きたかったんだけどさァ、そもそも好きだったのォ?」
「好き………か…。彼女以上の女性には二度と出会わないとは思っている」
俺の言葉を聞いて荒北は目を丸くし、東堂は小さく笑った。
「ならば、尚更、必死にならなければならんな」
「ンだなァ」
それから二人は、俺と彼女がどのように付き合っていたか、何故フラれたのか、今まで聞いて来たことさえなかったそんな恋愛事情を俺に尋ねた。
「フク、隼人は多少やり過ぎだと思うが、見習ったほうが良いぞ」
「芽依チャンのこと好きすぎて重てェけど、一緒にいるための努力はちゃんとしてるなァ」
「ああ」
「2ヶ月しか離れねェのにカナダ押しかけようとしてっし」
「あれは流石にやり過ぎだ」
「でも、俺は一度も行かなかった、いつも彼女からの連絡を待っていたし、全部、関係を保つための努力は全て彼女に甘えていた」
そう話し切ると二人は笑う。
「フクはロードに乗れば強いが、恋愛ではダメダメだな」
「ま、当たって砕けて来た方が良いんじゃないのォ?」
「………迷惑じゃないだろうか」
「ンだよ、金城のとこ押しかけてった時のガッツ見せろヨ!今だろ今しかないだろーが」
「迷惑かもしれないし聞いてもらえないかもしれないが、気持ちを見せるべきだと思うぞ」
まあひとまず飲め、と注がれたビールを喉に流し込みながら、二人にものすごく背中を押されたことを感じる。
「離れたら離れた分、言葉と行動で埋めるだけだろ?」
中学の頃からの友人のその言葉が、なぜか頭の中で再生されて、もう一度だけ、彼女に想いを伝えてみようとしても良いだろうかと、誰だかわからない何者かに心の中で問いかけた。
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