福富:きみと離れて上達したこと
side 葉山実菜

「じゃ、自己紹介しちゃう〜?」

もう、出会い探しの合コンも慣れたものだ。

「葉山実菜でーす!20歳です!神奈川の箱根出身で、大学で京都に来ました」

本当の自分はこんなキャラじゃないけれど、これが合コンで男の子ウケする明るさだとこの半年の経験で習得している。

寿一くんに別れを告げてから季節はいつの間にか春目前。寿一くんの誕生日もあっという間に過ぎてしまった。合コンに行ったり、友達に紹介してもらったり、新しい恋をしようと必死になっているけれど、未だ彼氏はおろか好きな人にも巡り会えていない。

得たのはサラダの自然な取り分け方と引かれないお酒の飲み方と上手なビールの注ぎ方。

「実菜ちゃん、何か飲む?」
「うーん、じゃあレモンサワーにしようかな」
「お、いいねえ」
「あ、よかったらビール注ぎまーす」
「おー、ありがと」

こんなことが上手くなったからって、素敵な人に出会えるわけじゃないということには、もう気が付いているけれど、でもこうでもしないと私の行き場のない思いを消し去ることができないのだ。それにどこに運命の出会いが転がっているかわからないでしょう。

「実菜ちゃん、連絡先聞いてもいいかな?」

恥ずかしそうに、他の人が見ていない隙を狙って連絡先を聞いてきてくれた隣の可愛い顔の男の子に連絡先を教える。

「よかったら今度、二人でどっか出かけない?」

寿一くんとは正反対、細身で文化系で幼い顔つきの目にかかりそうな前髪から覗く笑顔が可愛らしい男の子。

「嬉しい、楽しみにしてるね」

そう笑いかけて、彼のグラスにビールを注いだ。

***

可愛い顔をしたその彼とは映画を観に行くことになった。

「ポップコーン、俺キャラメル苦手でさ」
「そうなんだ、じゃあ塩にしよっか」

そういえば、寿一くんと映画に行った時は寿一くんが私にどっちが好きか聞いて、トイレ行ってる間にキャラメル味のポップコーン買ってくれてたな、一人で山盛りのポップコーンとドリンク2つを持って待ってる寿一くんがたまらなく愛しかったんだっけ。

「アイスコーヒー、シロップいる?」
「あ、ブラックで平気、ありがとね」

寿一くんは可愛いギャップで甘いのが好きで、シロップをいつも2つ入れていた。

「俺、この主役の女優さんすごい好き」
「そうなんだ」
「実菜ちゃん、ちょっと似てない?」
「えー、言われたことないよ」

そういえば、寿一くんと初めて観に行った映画の4番手くらいの役でこの女優さんが出てた。いつの間にか主役を張るような人になってたんだ、あれからそんなに時間が流れたんだな、なんて頭をよぎる。

「楽しかったね、主人公の女の子がさ、彼氏追いかけるところ、あそこで…」

目の前の男の子が映画の感想を伝えてくれる最中も。

寿一くんは、私のくだらない映画の感想も、全部静かに聞いてくれたなあ、そんなことばかり考えてしまう。

「もう遅くなっちゃったね、ごめん、よかったら家まで送るよ」

映画を観終わって、夜ご飯を食べながら彼の映画の感想を聞いて、私もなんとなく話して、それから何の話をしたのかはあんまり記憶にないけれど、二人できっちり割り勘をさせてもらって、レストランを出たところで彼が手を差し出した。

「人、多いから」

そういえば、人にぶつかりそうになる私の手を握ってくれた、映画館からの帰り道が、私と寿一くんが初めて手を繋いだデートだった。

「………」

だめなんだ、私は誰を見たって、結局寿一くんの影を追ってしまう。

「実菜ちゃん?」

「……ごめんなさい」

少し驚いて悲しそうな顔を見せる目の前の彼を見ても、私は、最後の電話の寿一くんの声しか思い出せないんだ。今考えてみれば、寂しそうな声をしていた。そうか、ってなんだよってあの時は思ってたけど、でも今まで聞いた寿一くんのどんな声より悲しそうだった。あの時、寿一くんはどんな顔をしてたんだろう。

「あ…ごめん、つなぐのは早いよね、家どこかな?送るから」
「ごめんなさい。大丈夫、一人で帰れます」

本当にごめんなさい、そう告げて深く深く、頭を下げる。

ごめんなさい。これじゃあいつまで経っても先に進めないじゃないか。私の中から寿一くんがいなくなればいいのに、でもいなくならないでほしい、でも、結局、寿一くんがいたって寂しいだけだ。どうしようもない想いが強くなるばかりで何のどうしたらいいのかわからないまま、一人、夜道をトボトボと家まで帰った。
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