悠人:幼さの残る捨て台詞
side 葦木場拓斗
悠人はあれから部活の中でもうまくやっていた。一人を除いては。
「本当新開くんムカつく」
「楓ちゃん、もう許してあげれば?」
「許すも何も私に話しかけもしないんですよ?」
「うーん、困ったね」
今年入ったマネージャー雪島楓ちゃん。以前サポート業務をしていた俺もいくつか仕事を彼女に教えてあげたりしながら、仲良くなった。
ある日彼女にしては珍しく険しい顔をして悠人を見ていたから、気になって声をかければ、「男目当てで入ったのかとか言われて本当に嫌だったんです、大体新開くんのお兄さんがすごい人なのかなんなのか知らないですけど、私には関係ないっつーの!このブラコン!」と言いながら手の持っていたペンをバン!と机に叩きつけるから彼女もこんなに荒れることがあるんだなぁと意外に思ったのだ。
彼女によってブラコンの烙印を押された悠人にはそれとなく伝えてみて、あとは悠人と彼女の間でわだかまりをなくすしかない。と思っていたのだけれど、いつまで待っても二人の距離は縮まることはなく、なんだかどんどん気まずさを拗らせているように見えた。
楓ちゃんは決して悠人のサポートだけ手を抜くなんてことはしないけど、でもどこか冷たいし、悠人は悠人で、謝れていない後ろめたさがあるのかよそよそしいし。別に部活に支障がなければそれでも良いのかなぁ、でもやっぱり良くないかなぁなんてそんなことを思いながら二人をいつも観察していた。
***
「芽依ちゃん、あ、芽依さんって、どんなマネージャーだったんすか」
芽依さんが部活に顔を出しに来てくれた日、もし来年マネージャーが入らなかったら、と俺たちに書き残してくれていた分厚いノートを広げて引き継ぎをしている芽依さんと楓ちゃんを見ながら悠人が俺に尋ねた。
「いるだけで支えになる人、かなぁ、俺もたくさん助けられた」
「そうっすか…」
「マネージャー、もちろん裏方をしてる部員もみんなだけど、その人たちがいなきゃ俺らは走れない」
「はい」
「やっぱりマネージャーとコミュニケーションを取ってると俺たちじゃ気がつけない小さな不調とか小さな進歩に気がついてくれるしねぇ」
「……そう、すね」
「楓ちゃんはすぐ褒めてくれるよ」
「そうなんすか?」
「…あ、悠人は楓ちゃんと話してないから褒めてもらえてないんだ」
悠人を指差して笑ってみれば、彼は少し気まずそうな顔をした。
「楓ちゃんは良いところ探しの天才だね」
「そうすか」
「俺らはもう今年で卒業だけど、悠人たちはこれからだ」
「…っすね」
「楓ちゃんに謝れてないんだろ」
「すみません」
「俺に謝れるなら、楓ちゃんに謝れよ、ちゃんと」
「……はい」
どうせなら、気まずい気持ちは無しにして走ってもらいたいし、サポートしてもらいたい。
悠人にこの話をするのはこれで最後にしようと思いつつ、少しは二人に先輩らしいことできたかなぁとショパンのノクターンを鼻歌で歌っていたら、ユキちゃんにもう少しテンポのいい鼻歌にしてくれと笑われた。
***
芽依さんが来てくれた翌日。
「聞いてください、葦木場さん」
「どうしたの?」
部活の始まる前にアップを終えた俺のところへ楓ちゃんが小走りで駆け寄って来た。
「昨日、新開くんが、ごめんって」
「へー、悠人ごめんなさい出来たんだねぇ」
「悪かったって言ってるんでしょ!とか言って謝ってるのか怒ってるのかわからなかったですけどね」
そう俺に報告する楓ちゃんの顔は明るい。
「許してあげたの?」
「はい。お詫びにいちごミルクをお昼休みに10回買ってくれるって」
随分と怒ってた割に、許し方がいろんな意味で甘いなぁと思いながら笑うと楓ちゃんは嬉しそうに話を続ける。
「これでやっとモヤモヤしないでサポートできます、はー、よかった」
マイペースで、意外と気が強くて、それでいて周りを良く見ている彼女が、これからの自転車競技部を支えてくれると良いなあと思いながら、彼女の実はずっと思っていた悠人のすごいところ談義に耳を傾けた。
「ねえ、それ悠人に言ってあげたら?」
「悔しいからジュース10回奢ってもらったら考えます」
幼さがまだまだ残る二人が2年後、この部活を引っ張る存在になっていますように、なんて言ったら楓ちゃんは「新開くんと引っ張るなんて嫌だ」って言うんだろうなぁ。
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