荒北:ほのかに色づく心模様
side: 白波亜梨沙
「どう?新しい生活は」
ニコニコと笑顔で私に問うのは花咲芽依。大学時代のゼミ仲間で社会人になってから数ヶ月の今も1ヶ月に1度は会っている貴重な友人だ。
「慣れてきたけどさぁ、社会人になったらイケメンと出会えると思ってた、周りおじさんばっか」
「あはは、イケメンなんてそう社会に転がってないでしょ」
こんなことを言いながら笑う彼女の彼氏はイケメンかつ優しい上に、みんなが知ってるようなスポーツメーカーに就職した、それはまあ全女子が羨むような男だからタチが悪い。
「イケメンを彼氏に持つ女の発言だと思うとムカつくわ」
そう言い返すと彼女は笑った。どうやら彼女も、彼がイケメンだということは重々に認識しているらしい。
「そんな亜梨沙に一つ提案があるんだけど」
「なに?」
「飲み会しない?私と、隼人と、あと1人連れてくるから」
「はあ?」
「いやー、高校時代のチームメイトなんだけどね、まあその人も彼女が長らくいないの」
「イケメン?」
「……イケメン?かなあ?」
うん、この反応はイケメンじゃないな。
別に面食いというわけではないけど、かっこいいかかっこよくないかならかっこいい方がいい。
「新開くんとどっちがイケメン?」
「え、隼人よりイケメンは見たことない」
忘れていた。お酒が入ると彼女は堂々と惚気出すんだった。
「はいはい、ごめん聞き方が悪うございました、新開くんを100点だとして何点?」
「隼人が100点だったら荒北は…あ、荒北って言うんだけどね」
「アラキタ」
「荒れる北国で荒北」
「もう少しましな例えなかったの」
「そうだな、私の中では90点」
「おー、高得点」
「あれだよ、隼人のこと好きだからそう言うだけで多分荒北の方が良いって思う人たくさんいると思う、それぐらい良い人」
悪い人ではなさそう。
「中身込みでね、いい奴だよ口は悪いけど」
「口悪いの?」
「でもすごいいい奴だから、えっとなんだっけな、どっかの会社の開発職に就いたとか言ってた」
「へー理系?」
「そうそう、洋南。どうかな?別に友達を1人増やそうかなくらいの気持ちで飲み会でもしない?」
社会人になっても別に出会いが増えるわけではなく、むしろ周りには既婚者子持ちばっかりになってこれからどうやって未来の王子様と出会えば良いのかと悩んでいたところだった。
「そうだなぁ、うん、行ってみようかな」
そう答えるとパァッと明るい笑顔が咲いてすぐに携帯を取り出した。
「ちょっと荒北と隼人に連絡するね!亜梨沙、いつがいい?何曜日がいいかな?」
ウキウキと話し出した彼女にどうせなら金曜日がいいなと伝えると「華金だね!OLっぽい!」と嬉しそうに答えるので、相変わらず素直で可愛い子だなあと思いながら、久しぶりの男性との出会いにほんの少し心を弾ませた。
***
「亜梨沙〜!」
彼女から飲み会を提案された翌週の金曜日、こういうのは早い方がいいから!と彼女がテキパキと手配してくれて荒北さんとの飲み会が開催されることになった。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、お疲れ様!」
仕事帰り、飲み会が開催される店の最寄駅で芽依と待ち合わせる。彼女の方が先に来ていて、私を見つけるなり嬉しそうに駆け寄って来た。
「亜梨沙、ネイルしてる!可愛い」
気合が入ってると思われたら少し恥ずかしいなとは思いつつ、久しぶりの出会いにちょっと着飾ってみたりした自分がむず痒い。
「久しぶりにしてみた」
「すごく可愛いよー」
今度どこのサロンか教えて、なんて、言いながら彼女が歩き出す。
「えーっと、お店なんて名前だっけな、えっと、これこれ」
彼女が私に差し出したスマホを覗き込めば新開くんがウサギを抱きかかえている写真が大きく映し出されていて、それが彼と彼女のLIMEのトーク画面だと気がつくのには少し時間がかかった。そこに『好きだよ』とか書かれていたらどうしようと一瞬思ったけれど、店の名前とURL、それから『合流した』『そっちは白波さんに会えた?』なんてそんな会話が繰り広げられていた。
「相変わらず仲良しだね」
「えー?普通だよ普通」
いいなあ、側にいるのが当たり前になっているのであろう彼女たちを羨ましく思いながら彼女が開いたURLを見て店を確認する。
彼女と2人、店の名前を頼りにしばらく歩くとお洒落なイタリアン居酒屋が現れた。
「あ、ここかな?」
「ん、そうだね」
「入ろっか」
ドキドキしてきた。どうやら店は新開くんが予約してくれたらしい。新開くんから来ているメッセージを見ればすでに中に入っているようで、店に入ったら新開の名前を言ってくれと書いてあった。
「あ、すみません、19時から新開で予約してるんですけど」
「はい、新開様ですね、すでにお連れ様いらっしゃってます。お席までご案内しますね」
丁寧な接客で連れていかれた先はお洒落なドアで仕切られた個室だった。
「こちらの個室となります」
「ありがとうございます」
律儀にぺこりと頭を下げる彼女につられて頭を下げる。
「入って大丈夫?」
芽依は私に優しく微笑むとドアに手をかけた。
「うん」
私の返事を確認して彼女がドアをノックする。
「はーい」
中から、少しだけ懐かしい新開くんの声。
「入りまーす」
間の抜けた返事をして彼女がドアを開けてその部屋へ入った。
***
「ドーモ」
「ど、どうも…」
そこにいた男性は新開くんに比べて細身で、自転車をやっていたと聞いたから勝手に同じようながっしりとした人を想像していたので少し驚いた。
イケメン?かなあ、と、芽依が言っていた通り、「イケメン?かなあ?」と言った容姿で、目つきはあまり良くないけれど、スーツがよく似合う大人っぽい人だなあという印象だ。
「自己紹介は後でね、先に飲み物頼もっか、隼人たちもう頼んだの?」
「おう」
「じゃ、頼んじゃうね、亜梨沙何にする?」
いつもはとりあえず生なんだけど、ここは女の子らしい感じの方がいいのかな?芽依に聞いておけばよかった、と悩んでいると私の目の前に座っている荒北さんが口を開く。
「生、飲めるゥ?」
「えっ、私?は、はい」
「芽依チャンもドーセ生で良いンでしょ、もう瓶で頼んでるから、グラスだけ貰おうぜ」
「どーせってもう、まあ生でいいけど、亜梨沙もそれで平気?」
「うん」
そう頷くとすぐに新開くんがベルを鳴らして、店員さんに荒北さんがグラスあと二つくださいと告げた。
「ありがとうございます」
隣で芽依が荒北くんにスーツ変な感じだね、なんて話しかけているけど、私は久しぶりの新しい出会いに頭がいっぱいで、あれ、どうやって男の人と話すんだっけなんてワタワタしていた。
「白波さん、久しぶりだな、卒業式以来?」
「そうだね、3ヶ月ぶりくらい?」
「いつも芽依から話聞いてるから全然久しぶりな感じしないけど」
「え、私も耳にタコができるくらい新開くんの話聞いてるよ」
「ちょっと!!2人とも恥ずかしいこと言わないで!」
新開くんの声かけでなんとなく緊張していた空気が和む。こういうところ、新開くんと芽依、そっくりだな、なんて。
「さ、ちょっと荒北黙ってないで自己紹介くらいしなよ!」
「はァ?お前ら2人がイチャついてッから話せなかったんだロ!」
荒北さんは「ッたく相変わらず過ぎんだよ」なんてブツブツ新開くんと芽依に、文句を言いながら私の方を見た。
やばい。心臓が破裂しそう。なんでだ。
「アー、荒北靖友です、コイツらとは高校時代の部活仲間」
「…白波亜梨沙です、芽依とゼミが同じで、新開くんとは芽依つながりで知り合いになりました、よろしくお願いします」
堅苦しい、堅苦しいよ!私!心の中ではもっとフランクに言ったつもりだったんだけど、出てくる声はすごい真面目な人みたいになってしまった。
「亜梨沙は今丸の内OLさんなんだよねー」
「一応、会社がそこにあって」
「あ、ちなみに私は青山OLさんだよ」
「芽依チャンには、聞いてないヨ」
「ハイハイ、あ、荒北はね、エースアシストしてたの」
「エースアシスト」
「白波サン、チャリわかるのォ?」
「芽依から聞いてる程度ですけど…」
「芽依、大学時代は白波さんにべったりだったんだよ、すげーレース見に来ない?とか誘うしさ」
「あはは」
「コイツ、うざかったでしょォ?」
「ちょっと!荒北!ウザくはないよ!」
芽依が荒北さんに「そんな口悪いと亜梨沙に怖いって思われるからね!」なんて文句を投げつけたところでビールとグラスが届いた。
「隼人、はい」
慣れた手つき、2人の呼吸とでもいうのだろうか、パパッと新開くんにグラスを渡してそれに芽依がビールを注ぐ。
次終わると芽依の手からそれをとって、今度は新開くんが芽依のグラスに注いだ。
ああ、この2人が時間をかけて築き上げてきたこの空気、懐かしいな、側にいるだけで幸せをおすそ分けしてもらってる気分になったなあなんて思いながら。
「荒北さん、良かったら」
そう言うと目の前の彼はグラスを差し出す。
「あンがと」
注ぎ終わると彼は「ン」と言って私の手からビール瓶を取り私のグラスにも注いでくれた。
ああ、なんかドキドキするのは久しぶりの新しい出会いからなのか、それとも何か彼に感じることがあるからなのか。
「それじゃあ、2人の出会いに?カンパイ!」
芽依の明るくこっぱずかしい掛け声で4つのグラスがぶつかる音がその部屋に楽しく鳴り響いた。
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