荒北:ハッピーエンドが踊りだす
side 白波亜梨沙

「で、付き合うことになったって感じかなぁ」

芽依が語った彼女たちの始まりはもう遡ること7年以上前の話で、私の知らない芽依や荒北くんがそこにいた。

「大した話じゃないんだけど」と控えめな前置きをして語られた彼女と新開くんの恋物語は、二人らしいといえば二人らしい、とても平和で穏やかで、そのくせしてなかなかくっつかなかったという話だから、きっと周りはさぞウズウズしたのだろうなと想像した。

「高校の時の荒北くんってどんなんだったの?」

彼女の話にチラチラと出てくるその彼が、話を振っておいてなんだけれど、どうしても二人の馴れ初めより気になってしまって。

そう尋ねてみると芽依は楽しそうに新しい思い出話をしてくれた。

「荒北はねー、最初ツンケンヤンキーだった」
「あ、なんかそれ聞いた」
「リーゼントだよ!ウケるでしょ」
「想像できないなぁ」
「今はスーツ着たサラリーマンだもんね」
「ね、そうそう、荒北くんスーツ似合うよね」
「えー?まあ似合うかな?隼人の方が似合うけど」
「はいはい、わかったわかった」
「あー、もう」
「それで?」

もはやお決まりの芽依の惚気は聞き流して。私は荒北くんのスーツ姿の方が好きだけどな、なんて。結局恋をしてしまえば、その人が一番かっこいいのだ。

「すごいロードに一生懸命だったよ、地味な練習ずっと一人でやり続けて。あと部活で推薦も貰えたはずだけど、受験勉強頑張ってた、それで洋南」
「そうなんだ」
「3年のインハイは、最後リタイアしたんだけどね、福ちゃんがこっそり私に荒北はよくやってくれたって褒めてた」
「へー」
「私は見れなかったんだけどね、荒北の最終日の走りは」
「うん」
「でも、全力だったんだろうなって。すごいことだと思うんだよ。箱学って一応さ、超強豪校だから、そこで素人で入った荒北がレギュラーを掴み取るの、並大抵の努力じゃないよ」
「そうなんだ」
「そういう努力がちゃんとできる人だよ、リーゼントもちゃんとばっさり切ったしね」

そう言って前髪の前でピースをしてチョキチョキ、彼女が指を動かして笑う。

「真面目だよね、荒北くんって意外と」
「そうだね」

うん、なんか、芽依の惚気と荒北くんの高校時代を聞いたら、会える気がしてきたというか、会わないといけない気がしてきた。

「ね、芽依、荒北くん会えるかな、今日」

芽依は嬉しそうにニコニコしてすぐに新開くんに連絡をしてくれた。

***

「送ってくからァ」

芽依たちを見送って、ちゃっかりすぐに彼女の手を取った新開くんに思わず口元を綻ばせて。

歩き始めた彼の隣をゆっくり歩く。

「亜梨沙チャン、美味かったァ?メシ」
「うん、お気に入りのお店なんだ」
「よく来んのォ?」
「うん、芽依とご飯するときは大体いつも」

私のことを白波サンと呼んでいたのは初めて二人で出かけた時だけで、その後は亜梨沙チャンと呼ぶようになった荒北くん。最初はなんだかくすぐったかったけれど、だんだんとそう呼ばれることが心地よくなっていた。

「荒北くんの話したの」
「…芽依チャン変なこと言ってなかったァ?」
「リーゼントの話してた」
「リーゼントォ?」
「芽依、リーゼントの中はどうなってるんだろ?どうやって作るんだろうね?って気にしてたよ」
「ハッ、アホか」
「でも確かに毎日セットしてたの?」
「…そだヨ」

彼にとってはどんな思い出なのだろうか、彼が恥ずかしそうに小さくそうだと肯定するので少し面白かった。

「明日ァ、朝迎えに来っからァ、アパートの下着いたらLIME入れンね」

あっという間に家に着いてしまった。時間にすれば30分はかかったはずなのに。

「…」
「亜梨沙チャン?」

名残惜しい、この気持ちを表すのにぴったりの言葉だ。

「…よかったら」
「へ?」

思わず、なんて嘘。無意識じゃない、しっかり彼への思いと自分の行動を意識して、私の精一杯の意思表示だと力を込めて、彼のスーツの袖をつかんだ。ああ、彼が、びっくりしてる。

「お茶でも飲んで行きませんか」

***

「…お邪魔、シマス」

私の言葉を聞いた荒北くんは10秒くらいフリーズして、「…じゃァ…そうする…かなァ」なんて、珍しく言葉を濁しながらそう答えた。

丁寧に靴を揃えて私の部屋に荒北くんが上がる。やばい。私、とんでもないこと言ってしまったかもしれない。部屋綺麗にしてたっけ、変なもの出してないかな、今更になって不安になってきた。

「あ、荒北くん、スーツ、かけとくよ」
「あ、あぁ…あンがと」

彼からジャケットを預かってハンガーにかける。先程から身体中に鳴り響いている心音を落ち着かせようと深呼吸をすると手に持ったジャケットからふわり、荒北くんの香りがして余計に鼓動が煩くなった。

ソワソワ、荒北くんが居場所を探すかのように部屋の隅に立っているので、リビングに置かれたローテーブルの前にクッションを置いて、どうぞ、と声をかける。

「…お茶、入れて来るね」

マグカップ、二つあってよかった。どっちもピンク色だからちょっと申し訳ないけど。来客用に同じ種類のマグカップで揃えておくべきだったなぁ、なんてほんの少し後悔する。

「すげェ綺麗にしてンね」

そんなにジロジロ見るわけでもなく、さらっと、私の部屋を見たのであろう彼が褒めてくれる。

「たまたま、だよ、普段はもう少しごちゃごちゃしてる」

バカ、その自己申告別にいらなかった。失敗。

「俺、片付けンの苦手なんだよねェ」

一人暮らししてマシになったけどなんてちょっと恥ずかしそうに笑う荒北くんの顔が、なんだかすごく可愛く見えた。

「荒北くん、カモミール飲める?」
「多分?」
「あはは、飲んだことない?」

夜だし、カフェインがない方がいいだろうと、お湯を沸かしてティーポットに茶葉を入れて。

「お待たせしました」

食べるかはわからないけど、ちょうどこの前会社の人からもらったクッキーをお皿に入れてみた。小分けされてるし、食べなければそれはそれでいいかと思いながら。どこに座ろうか、正面か、隣か、悩んでいると荒北くんが少し横にずれて。隣に座って、という意味だと理解して彼の隣に腰かけた。

「ありがとネ」

ちょっと熱いその紅茶を口に流し込むと体が温まる。

「あったかい」
「ちょっと寒くなってきたからネ」
「明日も上着ちゃんと持ってかなきゃ」
「ンだね」

マミー牧場でジンギスカンが食べられるらしいとか、アルパカに餌やりがしたいとか、途中のサービスエリアに美味しいお店があるらしいとか、そんな話をしていたらあっという間に時間は過ぎて行く。楽しく話してたけど、でもこの空間に荒北くんと二人きりという事実で頭はいっぱいで、ふわふわしたまま会話をしていた気がする。

明日も、荒北くんと一緒にいれるのが、すごく嬉しい、なんて。明日の今頃は、彼女になれてる?それともまた、次の約束をしてバイバイしてる?明日の帰りまで何もなければ、もういっそのこと私から。

そんなことを考えながらお茶をコースターの上へ乗せると、二人の間に置いていたクッキーの入ったお皿に腕が当たってしまった。

「あっ」
「ッぶね、…」

手と、手が。

「……荒北くん、ごめ…」

床に落ちそうになったお皿をギリギリのところでつかんだと思ったら、すぐにその手は彼の手に包まれた。多分、彼もお皿をつかもうとしてくれたのだ。

「……わ、り…」

荒北くんの親指がピクリと動いた。でも、手は動かない。重なっている手とそして彼に向けることができない顔に熱が集まってくる。

「……」
「…亜梨沙チャン」

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

彼と視線が交わって、目も顔も体も手も、全部が動かなくなる。

心臓が、破裂しそうだ。
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