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 不器用プリンスと私のロマンス


私の彼氏である田所迅くんは決してイケメンという部類でもないし、頭がいいわけでもない。高校卒業後、実家のパン屋で働き修行中。土日も平日もパン作りの研究。大人の趣味になったロードバイクで高校時代にインターハイ総合優勝したことが彼の自慢だ。

そんな彼と私の出会いは、大学で部活が一緒だった金城を通じて。

「姓のような我儘な女性でも受け入れる懐の深いやつだ」

社会人になってすぐ彼氏と別れてしまった私に、こんな失礼なことを言いながら金城が紹介してきたのが彼だった。

初めての出会いから1ヶ月後、連絡を取り合う中で真っ直ぐで誠実な彼に惹かれた私からデートに誘って。それをきっかけに何度か彼と出かけた後、彼から告白された。

「付き合ってくれねぇか?」

夜景が綺麗な公園のベンチに座って彼がそう切り出した時、大袈裟かもしれないけれど、あぁ、私はこれからこの人と生きていくんだろうなと思ったことを覚えている。

それからというもの、東京でOLとして働く私と千葉でパン屋さんとして働く迅くんのプチ中距離時間差恋愛が始まった。

土日休みの私。毎週水曜と月に一度の日曜休みがある迅くん。
そんな中でも少しずつ時間を過ごしていって。

初めて手をつなぐまでに1ヶ月。初めてキスをするまでに3ヶ月。初めて2人きりの夜を過ごすまでに5ヶ月。

高校生の青春のようなゆっくりとした私たちのペースで関係を深めていった。

***

「迅くん、今日は何時に帰るの?」

水曜日、有給を取って迅くんとデート。朝から2人の定番デートであるパン屋さん巡りをして、お昼過ぎに私の部屋に行く。

2人でベッドに寝転がり、どちらからともなくキスをして。
付き合い始めてから2年。最初はぎこちなかった私たちも、身体を重ねることはとうの昔に当たり前になった。その行為の後、迅くんの腕に抱きついて彼の匂いに包まれながら、のんびりとした時間を過ごすのが私のお気に入りだ。

「今日は夜、行きたいとこがあんだ。明日午前休みもらったから泊まってもいいか?」
「そうなの?もちろん」
「美味い店見つけたから行こうぜ」
「え?私も行っていいの?」
「お前以外に誰と行くんだよ、金城と行くわけねえだろ」

そう言って、ニカッと、私の大好きな笑顔を浮かべる彼に抱きつく。

「久しぶりに一緒に夜過ごせるね」

そう言うと彼は私が大好きな大きな手で私の髪を撫でた。

***

「そのー、なんだ、少しだけ洒落た格好で」

迅くんはそう言いながら、持ってきていたらしい白シャツと私の部屋のタンスに入れてある彼のチノパンを出して着替え出した。

「少し洒落た?」
「そんなちゃんとしたとこじゃねえけど、パン屋よりはちゃんとした格好」
「難しいこと言うなぁ」

そう言ってクローゼットの中から花柄のワンピースを取り出した。

「これでどう?」

キャミソールに下は下着だけという2年前の私だったら顔から火を噴き出してしまうような格好にお気に入りのワンピースを当てれば、迅くんは「いいんじゃねえの」と笑った。

ストッキングを履いて、少し高めのヒール靴を合わせる。
背の低い私が大きな迅くんに少しでも近付けるように。社会人になって履くようになったヒール靴が嫌いだった私は、足が痛くならないように少し良い靴を買うようになった。

「いつも思うけどよぉ、そんな高い靴履いて痛くねえのか?」
「前は痛かったけど、ちゃんとした靴買うようになったら平気になったんだよ」

そう話すと彼は男には絶対履けないな、なんて笑っていた。

着いたのはお台場にあるレストランで、席は海に映える東京の夜景が見えるテラス席。

「わー!すごい良い眺めだね」
「飯も美味いらしいぜ」

迅くんはすでに予約をしていたらしく、席に着くとコース料理が出てきた。

「ん、パン美味しい」
「バターもうめえな」

美味しいパン屋探しを2人でするのが私と迅くんのお気に入りのデートになって、こんなお洒落なレストランでもパンが美味しいと言い合ってしまう程度には、彼と一緒にいることが当たり前になっているんだと、むず痒い幸せを感じる。

「なあ、名」
「なあに?」

メインディッシュを食べ終わる頃、迅くんが海を見ながら話し出す。

「そういうヒール履いてワンピース着てる名も好きだけどよ」
「うん」
「ジーパンにTシャツにスニーカー履いてる名も俺は好きだ」
「あはは、ありがと」
「洒落た格好させてやれる回数は減るかも知れねえけど、そろそろ、千葉に来る気ないか?」
「え?」
「嫁に来ないか」
「っ…」
「俺と一緒にパン屋やってくれ」

そう言って顔を赤くした迅くんがポケットから小さなダイヤがついた指輪を取り出した。

「迅くん…」
「受け取ってほしい」

いつも笑顔でガハハと笑う彼の真面目すぎる表情を見たのは何度目だろう。
最初は告白された時、次はキスした時、初めて身体を重ねた時、大喧嘩をした時、片手で数えられる位しかない。

そのどの時よりも真剣な顔をして大きな手に小さな指輪を持ってこちらに差し出す迅くんを見て、告白された時にこれからこの人と生きていくと思ったことを思い出した。

「迅くん」
「あぁ」
「こういう時指輪は手のひらに置くんじゃなくて指に通すんだよ」
「なっ…」

私の手に指輪を置こうとしている彼を笑いながら咎めると、涙が出て来る。

「だから…迅くん、指につけてくれる?」
「っ、お前もう…笑うか泣くかどっちかにしろよ」

そんなことを言ってる迅くんも泣きながら笑っていた。

「迅くんだって」

ハッと笑いながら、彼は私の手を取り、左の薬指にそのキラキラ輝く宝石をつけた。

その手を取る彼は確かにイケメンでもないし頭がいいわけでもないけど、世界一優しくて世界一かっこよくて世界一私を幸せにしてくれる王子様で。

「よろしくお願いします」

彼に抱きつくと「待て!他の人見てるから!」と慌てる彼が可愛くてたまらなくて離れてなんてあげない。

暫くしてから顔を離すと、困ったように顔を真っ赤にしてる迅くんがいて。

「迅くん、大好き」

私の気持ちを伝えれば、大好きな彼の笑顔が見れた。

***

その8ヶ月後、結婚式で友人代表スピーチをしてくれた金城に、実は学生時代の写真を見た迅くんが私を紹介してほしいと金城に頼み込んでたと言うことをバラされた彼は、これまた顔を真っ赤にして、気まずそうに私を見ているから、「愛してる」と呟いて彼のほっぺにキスをした。

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