即席ガールフレンド
「悪いけど、俺今この人と付き合ってるんで」
そう私の隣を歩く男、今泉俊輔は目の前にいる花柄のワンピースを着ている女の子に言い放った。
その子は目に涙を浮かべて、「しつこくしてごめんなさい」とその場から走り去っていった。
***
「で、私はいつから俊輔くんの彼女になったんでしたっけ?」
「悪い。何回も言われて困ってたんだ」
「ったく、きっぱり上手に断りなさいよ」
彼は私の幼馴染で、昔からわかりやすくモテる。
もう一人の幼馴染、寒咲幹も可愛くてそれはまあスタイルが良くて、私はいつもこの二人の陰に隠れて普通すぎる自分を呪っていた。
今日は幹の誕生日プレゼントを買うために俊輔を無理やり引っ張って買い物に来た。
私が一年に一度だけ、俊輔と二人きりで出かけられる日。
普通すぎる自分を呪うのは自分が多数の人から言い寄られないからではなくて、かっこいい俊輔と可愛い幹がお似合いに見えて、自分の抱いている恋心が望みのない恥ずかしい気持ちだと思ってしまうからだ。
「ずるいよね、俊輔は」
「何がだ」
「こっちの話」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、私が告げられない想いを俊輔に何度も告げているらしい女の子に、私のことを彼女と告げた彼はなんて残酷なんだと、二人で訪れたショッピングモールを歩きながら思う。
私は幹と違って俊輔の好きな自転車のこともわからない。雑誌や本を買って必死で自転車のこと勉強したけど、一番最初にゴールした人が優勝なんていう誰でもわかりそうなことぐらいしか結局理解できなかった。
どんどん二人から距離が離れていくようで切なくて苦しいし、俊輔にとっては私の想いはさっきの女の子と同じようなものなんだろう、とまで考えて悲しくなる。
無事、幹への誕生日プレゼントを選び終わってそのまま寒咲サイクルに向かった。
***
「おー、今泉、名」
「通司さん、こんにちは」
「デートか?」
「違いま」
「そうっす」
「は?」
「はは、それは良かったな」
「俊輔、何言って」
「ほら早く渡すぞ」
「えっ、あ、あぁ、えーっと、幹います?」
「おう、奥にいるぞ、勝手に上がれ」
「はーい」
通司さんに言われた通り、お店の奥に行くと幹がいた。
「名ちゃん、今泉くん、声聞こえてたよ〜、はい、お茶」
「ありがとう」
「デートして来たの?」
「違うよ、もう」
「えー?今泉くんはデートってお兄ちゃんに言ってたね?」
「うるさいな」
「幹の誕生日でしょ!毎年恒例のプレゼントだよ〜」
そう言って幹に買ったばかりのプレゼントを渡す。
「わ〜ありがとう!」
可愛いし性格もいいし、幹みたいな女の子だった私も俊輔に想いを告げられたのかな。
「今泉くん、良かったね、私の誕生日に感謝してくれる?」
「おい、寒咲」
「あはは、ごめんごめん。ゆっくりしたいところなんだけど、私この後家族で食事に行くの、だから今泉くん、ちゃんと名ちゃんの事家まで送って行ってね」
「ああ」
「じゃあ名ちゃん、あ、明日朝一緒に行こう」
「うん!いつものとこで待ち合わせね」
幹が良かったね、だとか意味のわからないことを言っていたけれど、二人にしかわからない会話なのか、少し寂しくなりながらも聞き流す。
「じゃあ、姓、行くぞ」
「あ、うん、じゃあね!幹」
「ばいばーい」
お店を出ると通司さんが車で送るか?と声をかけてくれる。
「大丈夫です。俺が送るんで」
そう言って店を出る俊輔に慌ててついていった。
「なあ」
「何?」
暫く歩くと俊輔から声をかけられる。
「寒咲さんに送ってもらいたかったか?」
「…は?」
「お前、好きなんだろ?」
「え?わたしが?え?通司さんのことを好きかって聞いてるの?」
「そうだよ」
「え?なんでそうなるの?全然そんなことないけど…」
「え?」
「いや、ごめん、こっちが、え?だよ」
「なんだそれ…」
「いや…ごめん話が見えない」
「さっきの寒咲の話だけど」
「幹の?」
「今泉くん良かったねって」
「ああ」
「そういう事だから」
そういう事ってなんだ
「ごめん、何がそういう事なのかよくわかんない」
「だから!お前と二人で出かけられて良かったねって言ってたんだよ、寒咲は」
え、幹に私の気持ちバレてたのか、恥ずかしい。
…ん?違うな、あれ?幹は俊輔に向かって言ってたような…
「俺が、お前のこと好きだから」
今なんて言った?
思わずポカンとして、俊輔の目を見る。
「好きだから」
…………………。
「えーーー!!?!?!?」
「ちょ、ちょっとお前、静かにっ…」
「待って、待って待って待って、え?」
「落ち着けって」
「え?好きって?私が?私を?俊輔が?え?」
「だから!何回も言わせるなよ」
「えっ…え……」
暫しのフリーズの後、脳内が高速で回り出す。
「帰るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってってば、俊輔」
「うるさい」
「ね、待って、私も俊輔のこと好きだよ」
「………は?」
勇気を出して自分の想いを口にすると、俊輔が目を丸くして立ち止まった。
「寒咲さんじゃなくて?」
「いや、だからなんでさっきから通司さんのことばっか」
「だってお前、前年上が好みだって」
「そんなこと言ったっけ?」
「…はあ…」
「なんかごめん…」
「じゃあ」
地面を見て一度ため息をついていた俊輔がこちらの目を捉える。
「彼女になってくれるか?」
「…はい」
頷くと安心したような表情で私の手を取る俊輔に思わず顔に熱が集まる。
「これからはちゃんと彼女がいるって告白断る」
「…うん」
まさに、口から出た誠、とはこのことか。
次の日幹に報告すると、やっとか、今泉くんよくわかんないけどお兄ちゃんにヤキモチ妬いてたもんね、お兄ちゃんも面白がって名ちゃんにちょっかい出してさー、とブツブツ嬉しそうに話す。
「幹、ありがと、誕生日おめでとう」
そう言うと幹は彼氏ができても私のこと構ってね!と私に抱きついて笑っていた。