いつも同じ電車で。
私には好きな人がいる。
『間も無く〜南静岡駅、南静岡駅。お降りのお客様は〜…』
私が今年入学した大学までの通学に使う電車、私が乗る駅の次の次の駅でいつも乗ってくる人だ。
その人が乗ってくるドアは決まっていて、毎週火曜日と木曜日だけ、私と時間が一緒の電車に乗ってくる。
『南静岡、南静岡。ご乗車、ありがとうございました。お降りになる際は〜…』
今日は火曜日だ。さり気なく、目で追ってることがバレないように。必死でその人を探す。
「いた…」
短髪で眼鏡をかけているその人は何かスポーツをしているのだろうか、夏になってハーフパンツになると、そこから出る足にとても筋肉がついていることに驚いた。
って、私、気持ち悪いな。
その人はたまに友達と思われる人と一緒に乗ってくる。
スラリとした体つきで、目つきのあんまり良くない人。ちょっと怖そうな感じ。
でも、その目つきの悪い人と楽しそうに話してる笑顔が素敵だ。
私は、入学してすぐの頃、電車の中で生理痛が辛く、貧血気味でうずくまってしまった時、声をかけてくれたその人に一目惚れした。
「大丈夫ですか?席、あそこ空きましたから。動けますか?」
そう言ってその人は私のことを支えて空いた席まで連れて行ってくれたのだ。
その時はお礼に、とカバンの中に入っていたお菓子を渡すことしかできず、名前を聞かなかったことを後から後悔した。
それからというもの、こうして決まった車両に乗り、その駅に着くとその人を必死で探す、そんな日々を送っている。
その私の想い人はいつも乗って来て3駅、洋南大学前で降りて行く。たまにお友達とプリントを確認していることがあるからおそらく洋南大学の生徒なんだろう。
今日もかっこよかったな。そんなことを思いながら私は洋南大学駅の次の駅で降り、自分の通う洋南女子大学に向かった。
***
木曜日。気合いを入れて髪を巻いてみたのに失敗した。前髪がくるくるし過ぎだ。
でも、電車に乗り遅れるわけにはいかない。いつもの時間の電車に乗って、前髪をどうにか必死で抑える。
いつものあの駅についてドアが開く。
乗ってこない。今日は違う電車なのかな。
「荒北、お前のせいでギリギリになった」
そんなことを考えていたら私の横から声がした。
「!」
どうやら走って来たらしい彼らは汗を拭きながら電車に乗って来た。
ギリギリ、と言っていたから、間に合わなくていつものドアの隣のドア、私がいつも彼を見るために使っているドアから乗って来たようだった。
「ハァ?元はと言えば金城がレポートやったまま俺ンちで、寝ちまったのがいけねェんだろ」
金城…。
金城さんって言うんだ。
「っつーか次のレース、千葉だよな?今回こそ福ちゃんに勝つ」
「俺も高校の頃よく走ってたコースだ、明早に2敗してるから、次こそ勝たないとな」
レース?コース?千葉?
とにかく私がその人に全神経を向けていることを気付かれないように必死で平然を装いながら洋南大学駅までの時間を過ごす。
「あ…」
彼と目が合ってしまった。
「あの時の、方ですよね?」
なんと、彼の方から声をかけて来てくれた。心臓が飛び出しそうだ。
顔が赤くなってくるのがわかる。
「えっと…」
「あの時ィ?」
「前、電車でちょっとな」
「っ…あ、あの!その節は本当にありがとうございました…」
「いや、こちらこそ、いただいたお菓子がとても美味しかったのでかえって申し訳なかったと思っていたんです」
「フーーン」
目つきの悪い人がジロジロこっちを見ている。こ、こわい…。
「荒北、そんな睨みつけるな」
「睨んでねェよ!元からこういう目だ!」
睨んでるわけではないらしい。
「どこの大学ゥ?」
目つきの悪い人が私に話を振ってくる。
「洋南女子、です」
「ヘーェ、同い年くらい?」
「あ、えっと、1年、です」
「ンじゃあ一緒だな」
「荒北、ナンパするな」
「ナンパじゃねェよ!お前が聞かねェから代わりに聞いてやってんだろ」
「悪いな、えっと…名前を聞いても良いだろうか?俺は金城真護、洋南大学の1年だ、こいつは荒北」
「あ、洋南女子の姓名です」
名前を知ってしまったし、教えてしまった。
ああ、どうして今日髪を巻こうとしたんだろう、変な前髪、まさか話せるなんて。
もっと可愛くしてくればよかった。
『間も無く〜洋南大学前〜…』
「じゃあ、俺たちはこれで」
***
それからも火曜日と木曜日、いつも同じ車両に乗って金城くんのことをさりげなく見つめる日々は変わらなかった。
唯一変わったことは、荒北サンがいない日にたまに金城くんが話しかけてくれるようになったことだ。
いつもこの電車なのか?とか同い年なのだから金城さんはやめてくれとか。
夢、奇跡、もう信じられない出来事だった。
今日は火曜日。もうすぐ金城くんが乗ってくる駅。
「も〜、金城!聞いてよ、昨日さぁ」
その日、金城くんは綺麗な女の人と仲睦まじげに2人で電車に乗って来た。
思わず、車両を変えてしまった。
ああ、だめだ。あんな素敵な人だもん、彼女くらいいるよね。
同じ電車ってことは昨日は泊まったのかな?仲、良いんだなぁ。
次の木曜日から私は乗る電車を一本早くした。
****
金城くんを見つめる日課が終わってから1ヶ月、3限の講義が終わり帰路につく。
正門前が騒がしい。
「えっ、あの人かっこよくない?」
「彼女待ってるんじゃないの?」
「でもあの人1限の終わりに来た時からずっといるよ〜」
そのまま騒がしい正門を通り抜けようとした時、聞きたかったけど聞きたくなかったあの声がした。
「姓さん」
なんで
「金城くん…」
「よかった、会えて」
「え…、どうして?あ、彼女さんがうちの大学、とか?」
「姓さんに会いに来たんだ」
「え?」
「一緒に帰らないか?」
「あ、…うん」
何が起きたのかよくわからない。
大学から駅までの道のりを金城くんと2人で歩く。
「姓さん、電車、変えたのか?」
何を話したら良いのかわからないまま歩いていると金城くんがそう尋ねてきた。
「うん、変えたよ」
「そうか。授業の時間とか、か?」
「いや、そういうわけじゃないけど、もう少し早く行こうかなって思ってさ」
「最近、電車に乗っても姓さんがいなくて心配していたんだ」
「そうなんだ、金城くんは優しいね」
どうにかして作った笑顔で笑いかける。
「迷惑だったか?」
「え?」
「同じ電車に乗っているの」
「いや、迷惑なんて、別に電車は私のものじゃないし…」
「俺が何かしてしまったから姓さんが電車を変えてしまったのかと思った」
「そんなことないよ」
「なら、俺も電車を早くして姓さんと同じ電車に乗っても良いだろうか?」
金城くんがまっすぐこちらを見つめてくる。
「え?…どうして」
「もっと姓さんと話したい」
「そ、そんなの、彼女さんいるのにそういうこと言うの、よくないよ」
「彼女…?」
「1ヶ月くらい前、一緒に電車に乗って来たでしょう?だから私、…なんでもない」
「1ヶ月前…?あぁ、あの女性は友達だよ。駅でたまたま会ったんだ。ちなみに荒北の彼女だ」
「え…?うそ…」
「調子に乗るな、と怒ってくれて構わないから質問して良いか?」
「な、なに?」
「姓さんは、それを見てから電車を早くしたのか?」
「あ、いや…」
「俺に彼女がいるのがショックだった、と良いように解釈して良いか?」
「……っ」
どんどん顔が熱くなる。
「姓さん、やっぱり同じ電車に乗りたい」
「金城くん…」
「好きなんだ、本当は最初に声をかけた時から。恥ずかしいが、一目惚れだった。もし良かったら付き合ってくれないか?」
「うそ…」
「姓さんに一目でも会いたくて、必死でいつも同じ電車に間に合うように家を出ていたんだ」
「っ…、私も、金城くんに会いたくて、好きで、いつも同じ電車に乗ってたの…」
「良かった、彼女になってくれるか?」
「うん、よろしくお願いします…」
***
「名、おはよう」
「真護くん!おはよう」
「今日は髪を巻いてるんだな、似合ってる」
「えへへ、ありがと」
「アァ゛ーー!うっぜ!甘ったるいんだよニオイが」
「お前も彼女とくれば良いだろう?少しは空気を読め」
やっとくっついたのかよ、電車乗るたびに金城がそっち気にしてばっかで分かりやすすぎだったんだよ、明らかに両思いなのにオッセェんだよお前ら、と荒北くんにからかわれたのは、また同じ電車に乗り始めてからすぐのことだった。