wazatodayo

 幸せの運び方


「また変な男に捕まってたのかヨ」

呆れた顔でビールを飲みながらこちらを眺めるのは荒北靖友。高校時代の同級生だ。

かれこれ8年、友達をやっていて、私が彼氏に浮気されたり騙されたり、そんなどうしようもない恋愛をする度に愚痴を聞いてもらっている。

変わったのは愚痴のお供が紙パックのミルクティから大好きなカルーアミルクになったこと、話をする場所が教室から居酒屋になったこと、大学時代に比べてすぐ会える距離になったことくらい。

「ッたくお前はよォ、いつになったらまともな男捕まえンだよ」
「これじゃあ靖友くんも安心して彼女作れないね?」
「………だなァ」
「え、待って今の沈黙何」
「別にィ」
「何、え?好きな子できた?…とか?」

どうしようもない恋愛ばかりしている私最大のどうしようもない事実は、この男に8年近く想いを寄せていて関係を壊したくないがあまり放っておけない女友達の座を守り続けているということだ。

「さぁねェ」
「……そっかぁ…」

荒北に好きな人がいるなんて初耳だ。
大学時代、告白されて付き合い始めた彼女とは私が原因で別れたと聞いた。「仲良い女友達とか、恋愛感情が無いわけないじゃない」と喧嘩したらしい。「ンなの人それぞれなのになァ」と言っていた彼に心の中で恋愛感情ダラダラでごめんと謝ったのは今でも忘れられない。

「ンだよ、しけた顔して」
「いやぁ、ほら、また女友達反対派の子かもしれないし」

あはは、と笑いながらお酒を流し込む。やばい、ショックで急に体にお酒が回り始めたかも。

「あー、どうだかねェ?」
「やっぱ好きな子できたんだ」
「つーか、かなり前から好きな奴いるしィ」
「え?そうなの?」

なんだそれ、そんなの知らなかった。

「ま、ソイツが女友達反対派でも肯定派でもどっちでもいいんだけどなァ」
「そう…」

その子のためなら私との友情なんてどうでもいいってか、心にグサグサくる。

「お前しか女友達らしき奴いないしなァ」
「……っなにそれ、私はポイできるって?」

うわー、きついな、笑えてるだろうか。タイミングよく追加で頼んだカルーアミルクを届けてくれた店員さんからグラスを受け取って、中に入っている氷を見つめた。

「なンて顔してんだよ」
「別に」
「誰がお前捨てるってェ?」
「荒北が」

ハッ、と笑いながら目の前の彼はビールをゴクゴク美味しそうに飲んでいるけれど、私は彼を見るのが怖くて、マドラーでカラン、と氷を鳴らす。

「名チャァン」
「何」
「氷、変な形してんのォ?」
「別にしてない」
「何拗ねてンだよ」
「拗ねてないもん」
「じゃあ一応女友達肯定派かどうか確認しとく」

そういうこと言ってんじゃないっつーの、荒北にとって私の存在がその程度だったことと、そんな片思いの相手がいたってことがショックなんだよ、とは言えない。

「ん…聞いといてよ…」

ああ、今日は家で飲み直そう。そう思っていると荒北が飲み干したグラスをガタッと音を立ててテーブルに置いた。

「名チャン、彼氏の女友達は許せる派ァ?」
「…私に聞いてどうすんの」
「どっちだヨ」
「……許せない派」
「ッたく、我儘女だな」

荒北の女友達ではいたいのに彼氏の女友達を許せないとはぶっ飛んだ理論だと自分でも思う。そもそも私は荒北と純粋に友達やってるわけじゃないし。

「ま、俺お前しか女の友達いないから平気ィ」
「……私とはすぐ友達やめられるって言いたいの」
「名チャァン、涙目ですけど」
「うっさい」
「やめられるっていうかァ、やめたい?」
「……何それ」

残念ながら私は好きな人に友だちでさえいたくないと思われてたらしい。泣きそうなんですけど。

「なァ、わかんないわけェ?」
「……何が」
「俺の言ってること」
「友達やめたいってことでしょ、もうわかったよ、何回も言わないで、もうこれから飲みに誘ったりもしな」
「ちげェよ、この鈍チン」

鈍チン、という言葉と同時に私からグラスを取り上げると彼は私の両頬を挟んで自分の方を向かせる。

「俺の好きな子、女友達反対派らしいからさァ、友達やめてくんねェ?」
「……は…?」

頭の中で、今までの会話がフラッシュバックする。それでも彼の言いたいことを汲むことができない。

「だからァ!そろそろ俺にしろっつってんのォ!」

彼の手が触れる頬が熱い。私の熱なのか、彼の熱なのか。

「いつまで変な男ばっか捕まえてンだよ、目の前にいるだろ、もう少しマシな男ォ」
「は……」
「俺、お前のことかなり前から好きなんですけどォ」
「待って荒北」
「つーか、大学の時の彼女もお前のこと諦められなくてビンタされてフラれたしィ」
「何言って…」
「だからァ、お前しか女友達いないから、お前が女友達許せても許せなくてもどっちでもいいわけェ」
「あらき…」
「ンでェ?俺と友達やめる気あるゥ?」

私の顔を覗き込む彼の耳は赤い。

「……あ、ります…」

ニヤリと笑ってクシャッと私の髪を撫でると店員さんを呼んで「ビールとカルーアミルク1つずつ」と告げる。

「ン、もう一杯ずつ飲んだら出るぞ」
「…うん」

追加で持ってこられたお酒を無言で飲んで「俺が出すからァ、カッコつけさせてヨ」と初めて全額ご馳走になって。

「いつまで顔真っ赤にして黙ってンだよ」

お店を出ると彼が笑い出す。

「だって!」
「ンでェ?どこに帰るゥ?」
「え?」
「俺ンちにしとくかァ?」

手を掴んで、荒北が歩き出す。

「待って……」
「ンだよ」
「つ、つきあうの…?」
「なにィ?名チャン、俺のこと好きだったでしょ」
「えっ」
「気がついてないとでも思ったかァ?アホみたいに他の男と付き合いやがって」
「っ…」
「で?どうすんのォ?」

話が急展開すぎて、頭から煙が出そう。初めて彼に握られた右手が熱い。

「……あの」
「ン?」
「つ、付き合います」
「おー、で?どこ帰る?」
「その、荒北くんのお家…」
「ン、コンビニ寄るかァ?」
「うん…」
「名」
「っ、は、はい」
「って呼ぶからァ」
「へ?」
「お前も名前で呼べよ」
「は、」
「ホラ」

立ち止まってこちらをニヤニヤと見ている彼は、なぜこんな余裕そうなのだろうか。

「間抜け面」
「う、うるさい…」
「ほらァ、呼べって」
「…や…む、無理」
「ンだよ」

空いた右手で私の頬をつまむ。

「名」
「や、す………」
「とーもー、だろォ?」
「や、や、やっぱり無理!」
「もう一回ィ」
「や………………やすとも」

ずるいずるいずるい。
私が名前を呼んだ瞬間、見たこともないくらい優しい顔で笑った。ずるい。

「ン、よくできましたァ」

じゃ、行くぞと前を歩く彼の背中はこんなに大きかったっけ。

「や、靖友」
「ン?」
「その、私も好き、だよ」
「わかってるゥ」

握った手の熱は私だけのものじゃなさそうで。

「やっと名も幸せになれそうだなァ?」

そう笑う彼と遠回りで掴んだ幸せを噛み締めた。

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