拝啓、大嫌いな貴方へ
裕介がイギリスに飛び立ってから4年が経った。この4年間で会えたのは9回。裕介がインハイを観に帰ってきた3回と私が必死にバイトをして貯めたお金でイギリスに押しかけた6回。回数で言えば彼の二倍の愛情で、彼の気持ちをどうにか繋ぎとめようと必死で想いを伝え続けている。
私がイギリスに行って裕介のお気に入りのカフェに連れて行ってもらったり、彼の大学に侵入させてもらったり。
1回目の訪英で、裕介と初めて体を重ねて「全然隠れ巨乳じゃなかったっショ、想像通りだ」と話す彼の頭を枕で思い切り叩いたのはいい思い出だ。
--日本は暑い日が続いて続いています。この間大学のチームメイトと、卒業前の思い出作りと海に行きました。裕介のお気に入りグラビアには敵いませんが金城と荒北と待宮と写真を撮ったので送ります。
そういえば、無事内定を二つもらい、前話した第一志望の会社に入社することにしました。
次はいつ、日本に帰ってきますか?
『裕介に会いたい』
書いた7文字を花の絵を書いて塗りつぶした。
物理的な距離を埋めようと努力はしているけれど、打っても裕介に当たっているのかよくわからない私の気持ちのボールは、覚悟してたとはいえ段々と寂しくなって。高校時代はあんなに文句ばかりぶつけていたのに段々と本音が言えなくなっていた。
***
「っだぁー!もう!また返信なし!」
「名チャァン、飲み過ぎやめとけってェ」
「姓、水飲め」
「きんじょー!ビール返せ!裕介なんかもう知らない!別れる!!本当にこんなやつ嫌いだ!嫌い嫌い嫌い!別れてやるぅ!!!」
「エッエッエッ、ならワレと付き合うかぁ?」
「彼女持ちとは付き合わないアホ宮」
「ンじゃァ俺にしとくゥ?」
「もう遠距離は嫌」
「ほう、姓は遠距離じゃなければ荒北と付き合えるのか」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら発された金城の問いに無言でおしぼりを投げつけ、荒北からビールを奪い取って、待宮が頼んだお刺身を一つ頂戴する。
「裕介なんて嫌い…」
「そんな嫌いな男と遠距離上等だって言ったのお前ショ」
「そうだけどさぁ、寂しいよ、裕介には言えないけど………って、はぁ!?」
声がする方に顔を向けると、そこには裕介の顔。
「え、ちょ、まって、え?」
「巻島…!」
「おー、巻チャン」
「こいつかぁ、名ちゃんの男っちゅーのは」
相変わらず綺麗な玉虫色の髪は後ろでポニーテールに纏められていた。
「は…な、んで」
「金城からお前が荒れてるって写真送られて来たショ」
「いや、ちがくて、なんでここ?」
「金城の写真に箸袋写ってた」
「いや、そうじゃなくて」
「名んち行ったら誰もいなかったショ」
「違うって…なんで?日本にいるの?え?日本?ここ」
日本じゃろ、という待宮のツッコミも右から左へ抜けていく。
「ちょうどよかった、姓が飲み過ぎてて困ってたんだ。引き取ってくれ」
「きんじょ、」
「姓がまた別れるって言ってたぞ、次の彼氏候補は荒北だ、生憎俺と待宮は彼女持ちだからな」
「そ、んなこと言ってな…」
「名、飲み過ぎショ、ほら行くぞ」
何が起きたのかわからないままの私の手を裕介が引っ張り上げて靴を履かせてくれる。
「夢…?」
夢じゃないから、とボソッと呟いた裕介に手を引かれるがまま、店の外に出て家の方向へ歩き出した。
***
「本物?」
「ショ」
「なんで?」
「別れんのか」
「え?」
「荒北と付き合うって」
「そんなこと言ってない」
はぁ、と呆れた息を吐いて裕介が私の髪を撫でる。
「名さ、会いたいって、書いていいショ」
「え?」
「我儘も言え」
「何言って」
「昔は、もっと我儘な女だったショ」
「……」
「手紙、消しただろ、会いたいって」
裕介がポケットの中から綺麗に畳まれた紙を取り出す。それは私が本心を花の絵で隠した手紙だった。
「そ、れは…」
「悪かった、俺ももっとちゃんと会いに来ないとだよな」
「……」
「嫌いでもいいから、別れるって何回言ってもいいから、離れるな…ショ」
「…っ、裕介」
「馬鹿みたいにわがままばっか言ってるくらいが丁度いいんショ」
「な、にそれ…」
「とりあえず、嫌いって一回言っとくかぁ?」
「ば…かじゃないの、ほんと大嫌い…」
こちらを見て小さくと笑うと彼は私の肩を抱き寄せて耳元で囁いた。
「俺はお前のこと、大好きショ」
***
「ゆ、すけっ、もう、ッダメ」
家に着くなりベッドに押し倒され久しぶりに身体を重ねる。
「名、俺もッ…」
2人同時に果てると、裕介がドサっと私の隣に寝転がった。
「裕介、」
「…あぁ?」
「私に会いに来てくれたの?」
「……ショ」
「大好き」
「嫌いなんじゃなかったっショ?」
「意地悪言わないで」
彼の肌の温かさに、心の中に固まっていた思いが溶けていくのを感じた。
「本当はもっと会いに来て欲しい」
「ん」
「メールの返事ももう少ししてほしい」
「…努力するショ」
「電話で愛してるって言って」
「…それはちょっと」
「もっと会いたい…」
彼の優しさに甘えて我儘を紡ぎ出す。本心を伝え始めると溢れる思いが止められなくなってしまう。
「本当はずっと一緒にいたい、手紙とかメールとか電話じゃ全然足りない、そもそも手紙もメールも電話も裕介全然しないし、でも私、上等だって言っちゃったから、だから私が頑張らなきゃって…っ」
瞳から溢れ出す涙に裕介の指が触れた。
「名、あと2年」
「え?」
「2年我慢できるか?」
「2年…?」
「兄貴の仕事手伝いながらちゃんと養えるようになって、イギリスにお前のこと呼ぶ……ショ」
「え…それ…」
ゴソゴソ、と下に置いたハンドバッグから細長い箱を取り出す。
「後ろ向け」
ベッドに腰掛けて裕介に背を向けると首筋に冷たい感触。
「予約、ショ」
ほっぺまで真っ赤に染めた裕介がこちらの様子を伺う。
「ゆ、うすけ」
首元を見ると、そこには小さなダイヤがついたネックレス。
「あと少し、我慢してくれるショ?」
手を重ねながら額を私の額に当て、彼か尋ねる。
「……しょうがないなぁ…じゃあ、チューしてくれたらいいよ」
裕介が私の我儘を聞いた時にする小さな柔らかい笑顔が大好きなんだった。
「そんな我儘なら幾らでも言えショ」
この目を開けたら2年後になってたらいいのになぁ、なんて思いながら裕介と何度も何度もキスをした。