どうやって始まったものだったのか
「………私、洋南受けることにした」
「それって俺を選んでくれるってことでいいのォ?」
尋ねると彼女は「うーん」と唸って。
オイオイ、違うのかよ、と心の中でつっこんだ。
「まだ、靖友のこと、その、大好きとかは、言えないんだけど…、隼人のことは考えずにもっと靖友と一緒にいたいなって思ったから」
「アイツから離れて?ってことォ?」
「隼人が側にいると、靖友のことをちゃんと見たいのに頭にちらついちゃう。でも私、靖友ともっと一緒にいたいって思ってる、今はそれをどうしたらいいのかわかんなくて、でも、靖友と離れたくないって思って…うまく言えないんだけど」
「ん」
「だから、」
「付き合うか」
「っ、聞いてた?私の話」
「ちゃんと彼女になって俺のこと見ればいいんじゃねェ?」
「でもっ」
「アイツのこと見えないくらい大切にすっからァ、大好きは言えなくても、好きくらい言えっかァ?」
その時は、彼女の手を掴まなければ、彼女にとってのヒーローである彼女の幼馴染が掻っさらいに来てしまう気がして、柄にもなく必死に彼女に想いを伝えた。
「彼女になって俺のこと見て、言ってくれればいいからァ」
「靖友」
「少し好きィ?好きィ?」
「………好き、かなぁ」
申し訳なさそうに告げた彼女の肩を引き寄せ抱きしめる。
「ン、今はそれで十分だから、彼女になって」
そう伝えると、彼女は腕の中で小さく頷いた。
***
そんな、言わばなし崩し的に無理やりスタートさせた交際も気がつけば7年。
それからの俺たちはと言えば、無事大学に合格。普通のカップルのように手をつないで、キスをして、幾度となく身体も重ねて。それなりに喧嘩もしたし、それなりに甘い言葉を囁いたりもしたし、年に一度は旅行に行ったり、東京で就職したのを機に同棲も始めた。
社会人になって3年近く経ち、付き合い始めてから7年もすりゃァ、それなりに俺もその先を考える。そしていつもそこで、彼女は本当に俺を生涯過ごす相手として選んでくれンのだろうかという壁にぶち当たって突き進めなくなる。そんなモヤっとした毎日をここ最近は過ごしていた。
そんな中、東堂から久しぶりに連絡があり、あの頃のメンバーが集まることになった。
***
「お、靖友か」
店に着いて個室に通されるとそこにいたのは新開だけだった。
「ンだよ、お前だけかァ」
「尽八も寿一も仕事で少し遅れるってさ」
「ッたく、アイツら…」
「……名は?」
「ンァー、アイツも残業だってさ、連絡取ってねェの、幼馴染」
「はは、靖友も意地が悪いな」
「そりゃドウモ」
「長いな、おめさんたちも」
新開が笑う。あの日、食堂で名と付き合うことになったと報告した時と同じ笑顔だ。
「まぁなァ、すぐ別れると思ってたァ?」
「ノーコメント」
「ハッ…ンまァ、もう7年か」
「結婚、とかしないのか」
店員が持って来たビールを互いに持ち無言で乾杯する。
「ンだなァ」
「する気ないのか、一緒に住んでんだろ」
「あンよ」
「そうか」
「名はどうだか知らねェけど」
なんでこいつに悩み相談なんてしてンだ、俺ァ。
「俺さ、名のこと好きだったんだ」
今更何を言っている、そんなこと名以外全員知ってたぞという話を目の前の男は始める。
「他の女の子の話するとさ、名がすげえ悲しそうな顔したんだよ、それ見る度、ああ、俺愛されてんなって」
「ハッ、趣味悪ィな」
「俺もそう思う、そんでさ、靖友と付き合いだしたって聞いた時、本当にこの世の終わりかと思った」
「こっちは勝ち目ない勝負過ぎて、いつ取られンのかハラハラしてたけどなァ」
「でもさ、知らなかったんだよ。俺。名がコーヒーにガムシロップ2つ入れることも、チョコレートパフェが好きなことも。高校3年の夏に着た浴衣の色も」
「ハァ?」
知らなかった、ということは今は知っているということだ。
「正直、正月とか、実家で会う度に、何度部屋に連れ込んで襲ってやろうと思ったことかって感じだし」
「テメェ」
「してないぜ?未遂もしてないからな?」
「してたらぶっ殺す」
「本当さ、大学で離れて初めて長く会わない期間ができて、その間にどんどん名は綺麗になってくんだよ、すげえ幸せそうでさ」
「大学入ってから化粧っ気出たしなァ」
「だめだ、やっぱりって思って。靖友には黙ってたんだけど、20歳、地元の成人式の後、名に告白した」
「ハァ!?」
知らなかった。あまりの突然の告白に驚く。
「きっぱりバッサリ。そりゃあもうバッサリだぜ、フラれた」
「…なんて?」
「即答でな、靖友のことが今までの人生で出会った人の中で一番大好きだから無理って」
「へぇ…」
「隼人、私がコーヒーにガムシロップ幾つ入れるか知ってる?って聞かれた」
「はっ、ンだそれ」
「隼人の中の私はいつで止まってるの?って、靖友は今の私をたくさん知っててたくさん愛してくれるんだってさ」
「アイツ…よくもまァそんな恥ずかしいことを…」
「にやけてるぜ?」
「ッセ」
「俺のことをずっと好きだと思ってた名にさ、そんなこと言われて俺もかなり落ち込んだんだぜ、あの時は」
「名もお前に彼女ができる度、落ち込んでたけどなァ」
「隼人って優しいのに性格悪いよねって怒られた、靖友は人相悪いけどすごく優しいよってさ」
「ハッ、アイツは一言余計だ」
「悔しいよ、どこで間違えたんだろ、俺」
「こっちは間違ってくれてよかったヨ」
そう言うと目の前の男は笑って、結婚式にはちゃんと呼んでくれよと言った。
暫くすると福チャンと東堂がやってきて、さらに遅れて名がやってきた。
俺の隣に座って酒を進める名。新開とも普通に話をしているけれど、見せる笑顔は東堂や福チャンに見せるものと同じで。俺に見せる笑顔だけが特別だった。
そんな7年かけて当たり前になった彼女からの愛はとんでもない低い可能性からスタートしていたことを改めて思い出す。
「名」
「ん?」
「帰り、どっかで飲み直してから帰ンねえ?」
耳元で囁くと、外で飲むの久しぶりだね、と嬉しそうに笑う。
俺は一体何を不安になっていたのか。彼女はこんなにも俺を愛してくれているのに。
二人で飲み直した帰り道、久しぶりに手を繋いで家へ帰る。
「へへ、靖友が手ぇつないでくれるの久しぶりだね」
ほんの少し酔っ払っているのか、ヘラヘラ笑いながら、俺の手を何度もギュ、ギュ、と握りしめる彼女がたまらなく愛しい。
「名、明日さァ…」
俺の右手が掴んでいる彼女の左手の薬指を自分の親指で撫でながら、「指輪を見に行こうか」と提案したら、目を丸くして靖友酔っ払ってる?と心配しだした名にデコピンをかます。
「ちゃんとしたのはまたすっからァ、お前婚約指輪は自分で選びたい俺のセンスじゃ心配とか、随分前に言ってただろ」
彼女は瞳を潤ませながら俺の腰に抱きつく。
「靖友、大好き」
滅多にしないけど、今日はいいか、なんて思いながら、月明かりの下、彼女の唇にキスをした。