100年に1度のブルームーン
「名さん、今日の放課後山、登りましょう」
まるでコンビニに行きましょうみたいなノリで私を登山に誘ったのは1つ年下の後輩、真波山岳。
最近、彼は私を色々な場所に誘ってくる。
この前は真波が練習中に見つけた公園、その前は駅前のカフェ。
正直、彼は私に好意を持っているのだろうかと自惚れてしまうし、嫌でも意識してしまう。
ひとたび意識してしまえば、楽しそうに山を登る姿やインハイに向けて必死にもがいている真波がかっこよく見えてしまって。
彼を見る度にドキドキする心臓はそろそろ限界を迎えそうだ。
***
私の歩幅に合わせて歩いてくれる彼を感じる度、可愛い顔したこの後輩も男の子なんだなあと実感させられる。
「真波、まだ?」
「あと少し、やっぱ自転車のほうがいいなぁ」
「私乗れないもん」
「今度一緒に乗ってみますか?」
「考えとくー」
「俺のLOOK貸しますよ」
「うん、そういえばなんで今日は山?」
「今日は100年に1度のブルームーンなんですって」
「へえ、そうなんだ」
「名さん知らなかったんですかぁ?」
「なんかテレビで言ってたかなぁ、ブルームーンってなに?」
「それは俺もよくわからないですけど」
ははは、なんて笑いながら真波は歩き続けた。
***
「名さん、もう少し」
疲れてきた私のペースが落ちたことに彼が気がついたのか。
「はい」
そう言って私の手を掴めば、指と指の間に、彼の指が入ってきた。
「っ…」
「名さん遅いから」
ね?と言いながら手に力を込めて私を覗き込む。
繋がれた手は私が思っていたよりゴツゴツして大きくて男らしくて、心臓がうるさくなってしまう。
この心臓の音が隣に伝わりませんように、と願いながら暫く歩くと、ベンチのある小さな公園が現れた。
「わ、綺麗」
「でしょう?名さんに見せたくて」
目の前に広がるのは箱根の星空と丸いお月様。
先程繋がれた手はそのままで、ベンチに腰掛けるよう真波が促す。
「ブルームーンって1ヶ月に2回満月が見れることを言うんだって」
気になってスマホで調べたことを真波に伝える。
「うん、知ってますよ」
「え?全然100年に1度じゃないじゃん」
「だから知ってますってば」
名さんはうるさいなぁなんて言いながら、真波は笑顔で私の手を引っ張る。
体勢を崩した私は、そのまま真波の腕の中に収まる形になって。
「ま、なみ…」
手で彼の胸元を押して離れようとすると、私の肩に回された腕に力が入るのがわかった。
「100年に1度って言ったほうがロマンチックでしょ?」
そう言ってもう一段、力を込めて私を抱き寄せれば、私の髪を耳にかけて彼は囁く。
「名さん、好きです。次のブルームーンも一緒に見よう」
心臓がうるさい。静まれ。静まれ。
月明かりに照らされた私の頬はきっと真っ赤だろう。
腕の力を緩めた真波は私の顔を見て笑って。
「好きだよ、名さん」
100年に1度のブルームーンの下で、私たちは初めてのキスをした。