迎えに来たよ
あれから、私は東京ではなく静岡の駅を降りて雄英高校の門を叩いた。
リカバリーガールは一度しか会ったことのない私の名前を覚えてくれていた。セントラル病院へ自分を紹介をしてもらえないかと頼み込めば、突然の訪問にも関わらず彼女は二つ返事でそれを承諾してくれた。


この世界での看護師資格は取得していなかったが、基礎的な知識は同じものだった。技術が随分と進歩していたものの、補助として現場に入ってしまえば慣れるまではすぐだった。
敵連合が現れてからというもの患者は増え続け、病院としても猫の手でも……私みたいな者でも手を借りたい状況だったようで非常に感謝されたのは予想外だった。


定期的にもらえる休日も私は特にしたいこともやることもなかったので、休みが2日続いた時には雄英高校まで行き保健室でリカバリーガールの手伝いをさせてもらう。そこでホークスの話が少しでも聞けたらな、という下心もあった。収穫は得られなかったけれど。


そして今日この日、私は和歌山の群訝山荘から少し北へ離れた場所に来ていた。
あの時、ただ東京へ避難するのではなく直接セントラル病院へ行くのでもなく、まず雄英高校へ行ったのもこれが1番の目的だった。超常開放戦線の一斉掃討作戦における後援の救護班に参加する、このために。

そしてミッドナイトと話すことは叶わなかったが、かろうじてシンリンカムイに話しかけることだけはできた。チャンスとしてはたったの数秒だったが、ミッドナイトから絶対に目を離さないでと伝えた。ヒーローではないただの一介の看護師に、それも初対面の一言目としてはかなり不自然だっただろう。原作でだって、描写はなくとも彼もミッドナイトをなんとか助けに行こうとしていたかもしれないのに。それでも伝えずにいる後悔よりもずっと良い。


山荘の方から大きな音が続いて響いた。そのすぐ後にザッと森か鳴いたように聞こえたのは山荘近くにいた鳥達が一斉に逃げ飛び出した音。
ついにその時が来た。


限りあるテントと物資の中、私は死に物狂いで怪我人の対応に追われていた。突入の号令がかかってからどのくらいが経ったのだろうか、かすかに何かが焦げたような臭いが風にのって鼻先を掠めた。


「ホークスを!ホークスを助けてくれ!!」

つんざくような叫び声とともに救護テントの前に滑り込むように降り立ったのは常闇だった。そしてその胸に抱かれているのは紛れもなくホークスだ。ピクリとも動かない様子に冷や汗が垂れたが気絶しているだけのようだった。

「常闇くん、こっちに!」

彼の治療場所はあらかじめ用意しておいた。火傷の治療薬も全て。

この2ヶ月半、看護師や雄英高校での保健室の手伝いと並行してずっと蒼炎による傷に対する処置について調べ続けてきた。
まずは第一に命を繋ぎとめること、次に背中や喉の回復を少しでも早めること。

医師とともに衣類の上から充分に冷やした後に、火傷の対処を進めていく。常闇はその傍でずっとそわそわとしながら彼を心配そうに見つめていた。

化膿止めを塗り包帯を巻き終わり一息つこうとしていた時だった。
地鳴りが突然近づいてきたかと思えば、すぐ目の前の木が薙ぎ倒されていく。

「危ない!」

マキアだ――、そう思った時にはすでにテントのひとつが破壊され、彼はそこを通り過ぎた後だった。
常闇とダークシャドウが咄嗟にホークスと私達を守ってくれていなければ、薙ぎ倒された木や飛び散った大きな岩の下敷きになっていたところだった。

ギガントマキアはそのまま北を目指して街の中を破壊しながら進んでいるのだろう。その唸りが遠ざかっていく。

ヒーロー達、ミッドナイトの顔がちらつくも、私はすぐに啓悟の容体を確認した。
今の衝撃での怪我はない。ここでできる治療も全て終えられた。あとはセントラル病院へ移すだけ……。

「……名前、さん……?」

ほんの小さな声。

「ホークス!」

ホークスを抱きかかえていた常闇が叫んだ。

「ど…して、ここに……?」

喉が炎で焼かれ、声にならない声が私の耳にかろうじて届いた。
視界がまだぼやけているのか焦点が定まらない彼の元へ躓きながら駆け寄り、手を握ってゆっくりと応えた。

「早く会いたくて迎えにきちゃった」

目を閉じて小さく笑った彼が、名前さんはほんとかっこよかね、と呟いた。

「今は安静にしていて。化膿止めと鎮痛剤を打ったばかりだから」

眠気も副反応として次第に強まるだろう。

「ツクヨミがここまで運んでくれたんだよ」

「ツクヨミが……、あり、がとう……」

ホークスが一時的にでも目を覚まして安心したのか常闇の目からは涙が滝のように溢れてきていた。

「雨が、降ってきたな」

彼の言葉にフッと笑った啓悟はそのまま目を閉じた。また動かなくなったホークスを見て常闇が慌てたように私に目配せをする。

「眠ってるだけだよ」

息を確認しそう言えば、常闇はまた胸を撫で下ろした。





――――――――――――



たくさんのヒーローをこの1日、数時間で失うことになった。
ミッドナイトはどうなったのか、シンリンカムイが彼女を見つけた時にはすでに虫の息だったらしい。現在も治療を続けているが生死の境目を彷徨っていて予断を許さない状況だと担当の看護師が言っていたのを聞いた。
原作では亡くなった後にA組の生徒が彼女を見つけ出していたはずだ。救急の医師は生存確率は5%未満と言っていたが、それでも未来は確かに変わっている。

啓悟はセントラル病院へ運ばれた翌日にはなんとか歩けるようにはなっていた。火傷が主に背中に集中していたこと、脚へのダメージは少なかったことから、羽は依然戻る気配はなかったし声は出ないままで酸素マスクを装着する必要はあったものの、渋々退院を許可された形だった。

「"グローブ、焼けてしまってすみません"」

クリスマスプレゼントに渡した黒の手袋は荼毘の蒼炎で灰となった。

「啓悟が帰ってきてくれればそれで。グローブはまた一緒に買いに行こう」

「"そうですね"」

彼の手の中にあるスマホから作られた音声が流れる。
荼毘の炎による喉の炎症で彼はほとんど声が出なくなっていた。今は腰につけた機器に繋がった酸素マスクを常時着用している。

退院が決まった日、彼は私に一緒に来てほしい場所があると言った。退院の付き添いという名目も含めながら、私は病院の出入り口でベストジーニストの車の到着を啓悟の横で待つ。

どこへ行くのかは、私には察しがついていた。
私がここへトリップする前に最後に読んだ、僕のヒーローアカデミアの最新話が今この時だった。

病院の玄関の前に付けられた車からベストジーニストが降りて私を助手席に誘導した。後部座席で良いと断れば、それならと車の後方のドアを開けてくれる。

「"あっ、俺が開けようとしてたのに"」

そう言って一緒に後部座席に乗り込もうとする彼を助手席になんとか促して、その後ろに座りシートベルトを締める。


運転が始まり、啓悟がジーニストに目的地を伝えた。
高速に乗ってすぐに彼のスマホから音声が聞こえなくなった。寝てしまったのだろう。昔の夢を見ているのだろうか。

「苗字、と言ったな」

「はい」

突然名前を呼ばれ、前を向けばバックミラーに映った彼の目がこちらに向けられていた。

ジーニストとは啓悟の病室で一度挨拶をしただけだった。その時は看護師の格好をしていたので、こうやって話すことはなかったけれど。


「ホークスがおまえの話をする時、必ず顔が綻ぶ」

まるでカットオフデニムのようにな、と言う彼に私は啓悟の後頭部をチラッと見やった。

「付き合いが長いから、ですよ」

「それだけではないと思ったんだがな」

また前に視線を移したジーニストに私は緊張で手がじわりと汗ばんだ。
関係について隠すべきなのか、もう知られているのか私には判断がつかない。関係だけならまだしも、私の出自についてまで踏み込まれたら何も答えることができない。

沈黙が続いたがそれは数分で終わった。目的地が迫ってきていた。
道路脇に車が停められる。そこは大きな家が並ぶ閑静な住宅街だった。

彼の母親のことは知っていたけれど、実際にここへ来るのは初めてだった。場所を教えてもらえなかったせいもある。もし知っていたなら、公安か啓悟が教えてくれていたのならとっくの昔に来ていたかもしれない。あなたの息子がどれほど辛い思いをしたか、それでも社会に貢献しようとどれだけ身を粉にして働いているか。言いたいことはたくさんあったのに。


中へ入ると、当然の如くそこはもぬけの殻となっていた。

テーブルの上に置かれた手紙を読み、彼は大きくため息をついた。

「"やっぱ、漏れるとしたら母さんだよなぁ……"」

鷹見の抹消。
彼はあの家、あの両親を見限ったという。あの両親のようには絶対にならないと幼少期をじっと耐えて過ごしていたのだから、公安が手を差し伸べた時にはそれがどれほどに救いだと思えただろうか。

啓悟はおそらく公安に入って以来母親には会っていない。場所を知っているあたり、上空から遠目に様子を見るくらいはしていたのかもしれないけれど。

「片付けなきゃいけない事が死ぬ程あります」

嗄れた声で絞り出した彼の言葉は強い意志の感じられるものだった。

手紙をまたテーブルに置いた彼にジーニストが髪を抑えながら言った。

「先に車に戻っている」

キィ……パタン、とリビングのドアが閉められ私と啓悟は広いその部屋でふたりきりになった。

「本当に、分倍河原は……良い奴、でした」

窓の方を見やりながら、彼が小さく呟いた。

「初めは殺さずに捕まえる、つもりでした」

そっと自分の手を彼の手に添えれば、ゆっくりと拳が開かれる。
その手はほんの少し冷たく、そして強張っていた。

「啓悟じゃなくても彼の個性を知っていれば同じ判断をしていたはず。トゥワイス……彼には彼なりの正義があったけれど、それでもそれは正当化されちゃいけないんだよ……」

彼の手が触れていた私の手を握った。

「……うん、もう大丈夫です。俺が今からやること、やれることはもう決まってる」

彼が私の手を引いて玄関、出口へと踏み出した。

「名前さん」

前をまっすぐに見据える彼の横顔からは、もう迷いも悩みも感じられなかった。

「エンデヴァーさんのためにも、雄英生や未来のある若い子達のためにも、やることはたくさんあります。これからも見ていてくれますか」


その言葉を聞いて私は大きく頷いた。
玄関前では車に背をもたれかけ、私達に待たされていたジーニストがやれやれと言った様子で運転席のドアを開けた。


病院に戻った彼らはその足でエンデヴァーの病室へ向かった。
2人が中で話している間、私は部屋の外で待っていた。
ここからはトップ3のチームアップだ。
話の最後に、名前を呼ばれて部屋に入る。
エンデヴァーが嗚咽している中、記者会見の会場の確保とメディアへの告知をジーニストとホークスから依頼されすぐに取り掛かった。


3日後の昼に東京の会場を押さえることができた。メディアに一斉に連絡をすれば、ワイドショーはその話で持ちきりだった。






「うん、スーツも似合ってるね」

「惚れ直しました?」

口の端を上げながら反応を楽しむ彼に私は結んであげたネクタイを上からぽんと叩いて答えた。

「ずーっと惚れっぱなしですよ」

彼は嬉しそうに目を細めて笑い、そして鏡の中の自分を再度見つめた。

火で焼かれて短くなった髪の毛、蒼炎に当てられ残ってしまった左顎のやけどの痕。

そして、今日の記者会見のためにいつも生やしていたあごひげを綺麗に剃った。
髭のない彼は年相応の23歳の若者だった。

「あっ、ピアスも外さないと」

私がそう言って手を伸ばすと、彼はこちらを向いて少しだけ屈んだ。

両手でピアスと裏側の留め具をそっと外して、彼に渡そうとすると私の顔――正確に言えば耳をじっと見ていた啓悟が口を開いた。

「名前さん、いつピアス穴開けたんですか?」

髪の毛で隠れていたためかこの数日気がつかなかったのだろう。私の両耳にはシンプルなチタン製のセカンドピアスがついていた。

「啓悟がクリスマスプレゼントにピアスをくれたから慌てて穴を開けたんだよ」

穴が安定するまで啓悟も数ヶ月かかったの覚えてない?と聞けば、そういえばそうでしたね、と返される。

「本当は啓悟に開けてもらいたかったんだけど、少しでも早くおそろいのピアスをつけたかったから……」

ポーチにいれていた小箱を取り出して啓悟に手渡す。

「穴は開けてもらえなかったけど、つけるのはやってくれる?」

その中には彼の赤いピアスと同じ型のシルバーのピアスが横になっていた。

「痛くしないでね?」

「なんかそのセリフ、ちょっとたぎりますねー」

「もう!冗談言わずにほらっ」

横髪を耳にかけて近づけば、彼が少し緊張した手でピアスを穴に通してくれる。

「うん、似合ってる。俺のもんって感じですごく良い」

その言葉に恥ずかしさを覚えながら、両耳を触れば確かに彼と同じピアスがそこにはあった。今までつけていたものよりも大きめのデザインに少し重みを感じる。

「ピアスがないと変な感じがします。もらってから基本ずっとつけっぱなしだったし」

外さなきゃだめですよね?と言う彼にもちろん、と返せば、
そしたら名前さんからもらったネックレスから力をもらうことにします、とネクタイあたりをポンポンと手のひらで叩いた。

「……それじゃ、頑張ってきますか」

「一番後ろから、見てるね」


エンデヴァー、ホークス、ベストジーニストのトップ3が揃った記者会見が行われた。

内容は依然物議を醸したが、嘘偽りのない告白に胸を撫で下ろしたのも事実だった。

ここからは私も知らないヒロアカの世界。でも不思議と不安を感じる事はない。
まだまだ軋轢はあるけれど、エンデヴァーが、ホークスが、こうして前を向いて進んでいる。これ以上悪くなることはきっとない。

会見が終わり、少しほっとした様子で部屋を後にする啓悟達の背中を遠くから最後まで見つめていた。


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