どうせ染められてしまうのだがら | ナノ











くる、ってのはわかる。口頭で説明しろって言われても無理だけど、微量に変化する目付きとかそんなので。それは本当に唐突で、普通に話してたり笑った時とかに来るもんだから、こちらの処理としては満点には程遠い。よくて10点、厳しい時は無得点。

そして今回もやらかした。言うほど唐突でもなかったのにだ。くる、そう思った途端、逃げ腰になる体制と半分以上俯く顔。引いた腰は捕まえられて、覗き込むように近づくことでそれらは対処される。
怖いとは違っていたはずなのに、最後に相手と視線が絡まってしまえば僅かな恐怖感が芽生えて目をきつく閉じる。何を考えているのか、全く掴めない視線は苦手だ。ただ真っ直ぐに見つめられて、何もかも見透かされてしまうような。

「、っ」

さらに距離が近づいてきた感覚がして完全に臆ついた。手に力が入り込み、変な汗まで出てきた気もする。ここの過程までおそらく数秒。だが体力は既に限界。

「ぅ、ん」

…こ、ない?そう感じた途端、後頭部に手が添えられて一撫で。同時に前が完全に塞がれて頭が真っ白に。やばい、と思ったのは何故なのか。何度か刻むように触れ、段々と時間は長くなる。角度が変えられて数回目、緩んだそこに付け入られて侵入してくる柔らかいそれ。軽く目を開くも溜まっていた涙で視界は不良。そうする間にも混ざりあう唾液は横を伝い、薄くなる酸素に涙腺は反応する。生々しい暖かさはリアルすぎて、受け止めるにはキャパシティーは足りるはずもなく。認めることが出来ない心地よさは、首を降ることによって誤魔化していく。

「っ、…」

一度離れたその時に、酸素が吸えなかったのは致命傷か。気付いた時には塞がる直前、口以外なんて頭は回らずに吸おうとするだけ奥に迎え入れることになる。絡み合わせるつもりなどなくても、逃げるのとたいして変わりはない。身体に現れるのは拒否、拒否、拒否。受け入れるのが、どうしようもなく。

「…は、ぁっ、」

離れれば遅れて息を吸い込んだ。倒れ込む寸前、相手の支えを借りて体制を保つ。汚れた口元は拭われて、頬を指で擦られる。それにあわせて深呼吸、落ち着いていくのは身体だけで、頭の中はちっとも進展しない。

「気持ちいい?」

熱さに耐えかねて距離をとろうとした時に、ぽつりと疑問が投げ掛けられた。

「なあ、」

添えられた手のせいで顔が持ち上げられ直接の対面。普段であればこれで限界。たけど、感じてしまった違和感が臆した思いを消し飛ばす。

「…それ、」

出た声は何とも頼りなく、鼻声にも近いような。回らない頭で感じたままが口をつく。

「聞いて怖くないですか」

余裕のない表情に合わない台詞がどうしても気になった。

「躊躇、したくせに」

言った言葉に反応を見せた。ぴくりと動いたのは嫌でもわかる。逆に、驚かれたことが侵害に近い。

「怖かっ、た?」

「っ、」

しゃべるだけでやっとだった。こちらとしても、正直一杯一杯で。もういいや、と力を抜いて、完全に胸元へもたれ掛かる。情けなく震える手を伸ばして同じように頬にあてがれば、段々と崩れる表情に安堵する。

「だって、怖がらせたくない」

本音だ、とどこかで感じた。

「お前わかんねぇんだもん」

ゆっくりと口を開く様子にいつも感じる余裕なんてなくて、だけど何故だか心地好い。自分のことでこうなるのか、と思っただけで気分がいい。

「俺、は」

が、弱る相手を見るのは本望ではない。

「…今以上なんて、知らないから」

頬にあてがった手を離した。

「それが多分、怖いだけ、で」

これ以上なんて、考えただけでパンク寸前。はき違えたその表現が相手を弱めるのだとしたら、間違いなくこちらの責任だ。

「だから、あんたが」

段々と込み上げてくる羞恥は顔を押し付けてなるべく隠す。可愛くない、実に可愛くない性格に、我ながら引くレベル。

「それ以上言っちゃ駄目」

教えてよ、言おうとした言葉は完全に遮られる。

「もたない」

「どっちが」

「…俺も、お前も」

的確すぎる回答に、笑い合ったのは言うまでもない。





∵どうせ染められてしまうのだがら






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