ふろ | ナノ









同居設定








先に風呂に入ったのは自分。上がると同時に入れ違い、軽く言葉を交わして相手がそこへと向かっていく。
タオルで髪をふきながら、冷蔵庫を開けて渇いた喉に水分を流し込み一息。視界に入ったシンクを見ると、重ねてあった洗い物が綺麗に片付けられていることに気が付いた。真顔で見つめて、その後ゆっくりと息を吐き出していく。体内の空気が抜けていくと同時に顔が綻んでしまうのは、湯槽に当てられたせいにしてしまおう。

軽く髪を乾かしてからテレビの電源を入れてフローリングへ直接座る。相手はソファーに好んで腰かけているのをよくみるが、自分的にはこうして直接座るほうが好きだったりするのかもしれない。番組表を押して放送を確認、連続もののドラマは却下となれば選択肢は限られる。最終的に、バライティーで落ち着くのはよくある事だ。今日が終わるまで残り一時間、たまに生まれるこういった時間は、進むのが遅いようで早いらしい。気付けば脱衣場の扉が開く音がした。


月日が経っても追い付くことの出来なかった身長は、寧ろ以前より差が開いてしまったような気がする。いつの間にか髪を乾かしてきたらしい相手はソファーには座らずに、脚を広げて此方を挟み、そのまま後ろからと腕を回す。
といってもそれはわりとよくあることで、テレビを見るときはこの体勢になることも多い。首を少し倒せば空いたスペースに顎が乗せられ、ゆっくり傾ければこつん、とぶつかる。それ以上も、それ以下も起きない。お互いが画面に集中するだけ。その距離は心地良い。
しかし、今日はそうならなかった。至近距離からの視線を感じて、おや?と思うも気づかないふり。それが悪かったのか関係無いのかは知らないが、あちらの腕の力が強くなる。肩を貸しているので首元が無防備になるのは必然的。筋に柔らかな感触が伝わり、それが相手の唇であるとわかるのにたいして時差は生まれない。

「…、」

多少の驚き諸々その他は押さえ込んでやることに見事に成功。無反応を貫き通す、が、テレビの笑い声の内容は理解できない。なんとか画面に集中しようとする変わりに、相手に隙を与えてしまった。

「っ…あんた、ねぇ」

押し付けられるだけだった口元は、次は開いて寄せられた。かぶ、と噛みつかれて舌が伸びてくる。跡をつけるときとは違って、まるで犬が噛みつくかのようなやり方に思わず反応をしてしまう。手の甲で軽く静止すれば、無言ですりよってくるのだからタチが悪い。

「…とりあえず言い分は」

「飽きた」

くい、と顎で指されたのは正面のテレビ。分かっていた、聞かずとも分かっていたが、予想通りの解答に脱力するのは仕方がない。

「…飽きたんなら寝たらどうですか」

「人肌が無いと寒くて無理」

当たり前だろ?と言わんばかりに返答され、寧ろこっちが圧倒される。というか、いつから一緒に寝ることが前提に。言葉に出ない代わりに盛大な溜め息が口をつき、しかし同時に言葉が重なる。

「嘘。今の」

肩の重みが無くなって、こめかみ辺りでリップ音。吐き途中だった息は停止して、聴覚だけが鋭くなったような。

「一人で行ったら、お前来ない」

小さめの音が鼓膜を揺らす。そして直感でまずいと感じた。表情が見えないからこそ出されるそれは、感覚的に危険信号。目線を移しても紫のそれしか写らない。

「みな、」

「倉間がいないとか無ー理」

被せられたのは故意が偶然か。再び肩に重みが戻るが、乗せられたのは額辺りだろう。聞こえた声は拗ねているようなからかっているような。けれども伝わる力は強く、ましてや余裕など感じられない。

「…へたくそ」

「いっ、!」

わりと強めの力で振りかざす。一度目と違い、手の甲からは良い音が響いた。誤魔化す気はあるのだろうが、流石に甘く見られすぎだ。

「誤魔化せてないですよ」

「、…」

「こら、拗ねんな」

せめて弱るか拗ねるか片方にしてほしい。普段の此方の態度にも問題があることは認めるが、一気に来られるとこれからの対処の労力が半端じゃ無くなる。

「あー、もー」

決めた覚悟は戯言と一緒に。自然にやってのける相手がつくづく理解できないが、別に出来ないわけじゃない。

「顔上げろ馬鹿」

相手の腕から抜け出し一言。膝立ちをして、俯く顔が上がるのも待たずに胸の中に抱き入れる。反射からくる少しの抵抗も抑え込んだ。

「…わりと今、頑張ってんですけど」

髪の毛に顔を埋め、抱き締める力をぎゅっと強める。恐らく数秒そのまま待てば、抱き返される感覚にほう、と安堵。ゆっくりと回した腕を解放して、しゃがみこみながら相手に寄り掛かる。

「これ、かなり疲れるんですよ」

「ん、ごめん」

耳に当たる心拍の音は、自分のものよりも穏やかで。理不尽だ、と思わないでもないが、数分前を思えばおあいこになるのかもしれない。

「切ん、の?」

「何で」

側に転がるリモコンを手に取り、電源を落とせば画面は真っ暗。観客の笑い声も、音楽も、無かったかのように静寂がくる。

「あんた飽きたって」

「でもお前、」

流石に視聴のシャットアウトは本望ではなかったらしく、少し慌てる様子が伺える。ぶっちゃけもう、テレビなどどうでもいいのだが。

「俺が、もう眠いんです」

変に気を使わせてしまったかもしれないなと思いながら、リモコンを置いて立ち上がる。相手を見下ろすのは心地良いので少々名残惜しいとも思うが、呆気に取られる腕を引いた。

「人肌が無いと寝れないんでしょ」

行きますよ、と急かすように言えば、事態を把握したようで嬉しそうに相手が立ち上がる。

「それ、違う」

前に進もうとしたのに後退。ぶつかった先は恐らく胸板。何度目かわからない体温を感じる。

「倉間がいないと寝れねぇの」

なかなか、たどり着けそうにない。





∴タイムラグ










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