こちらが寄れば同じ距離だけ下がる相手。おい待て何故逃げる。気付いていないようだが後ろには壁が、…、あー、ほら言わんこっちゃない。 「っつ〜〜〜!!」 「ご愁傷さま」 ガンッと大きな音をたて、勢いよく後頭部をぶつけた倉間は恨めしそうにこちらを睨んでくるわけだが、俺は悪くないと心から言おう。 「だいじょ、」 「来んな!!」 別におかしい事はない。ただ自然の流れで触れようと近づくと、今度は言葉をもって拒絶された。 しわくちゃになったシーツを掻き寄せ、己を隠そうとする相手はもはやヤケに近い。未だに後頭部が痛むのだろうか、時折頭を気にする様子を見せるものの、手を離せばシーツが落ちてしまうのでそうするわけにもいかなさそうなのがまたいじらしい。いくらでも撫でてやる、寧ろ撫でたいぐらいではあるが、どのみち近付く事も出来そうにない事は明らかだ。昨夜との温度差、いや、昨夜があったからこそこの反応だとは解るが、流石にここまでだとこちらも対処の仕様がわからなかった。 両親は二人とも家にいない。次の日は休日で部活もない。その状況で相手を招いたのだ。つまりは、そうなる。 ゆっくりと進めてきた。何をするにもあちらの性格を考慮すればテンポは遅くなる。付き合うという段階になった途端、触れることすら難しくなった時は少し苦しかったが、過剰な照れ隠しだと気付いてからはそれさえも愛しくて。ひとつひとつ進んで行く度に少しずつ甘えてくるようになるのは無意識だったとしても凶悪だった。 抱き締めて、キスをして、好きだと伝えるだけじゃ止まらなくなって、でもそれは自分だけじゃなかったらしく。親がいないことを伝えた時の強張りから、今日は止めようと一人で決めて空気を変えようとすると、あちらから抱き付かれてやりたいと一言。崩れそうな理性を保ってゆっくりと引き剥がし、顔を見ながら本当に?と問うと、好きと何度も繰り返されて、正直もうもたなかった。 これまでに見たことのない相手はどうしようもなく愛しくて。涙でぐちゃぐちゃになった顔はどうしてこんなにも可愛いと感じてしまうのか、突く度に漏れる声の合間にこちらの名前を出し、震える指先を絡めようと自分を求める姿に得る最大の幸福感。 疲れはて意識を飛ばした相手を抱き込んで、此方も瞼を徐々に下ろした。 「倉間、あのさ」 「うざいうざいうざい!」 まさに何を言っても、という状態。壁際にへばりつき、聞く耳を持たない様子はもはや駄々っ子のような。 早く起きたのは此方のほうで、後に目を覚ました相手におはようと声をかけると、初めは虚ろだった目を見開いて突き飛ばされた結果今に至る。 こんなことでめげるほど脆くないわと豪語したい気持ちはあったが、完全な拒絶の繰り返しは確実に自分を弱らせた。しかしここで拗ねようものなら、倉間が自身を責めることぐらい解っている。というか、今も責めているのだろう。首を振りながらシーツに顔を埋め、小刻みな肩の震えを必死に止めようとする相手。これ以上放置なんてできなかった。 「倉間」 「っ!っは、なっせ、離せよ!!」 顔を埋めた相手が此方に気付くはずもなく、ゆっくりと近いてシーツの上から抱き締めると案の定の暴言と抵抗を受ける。しかし引き下がればそれこそ倉間の負担になるのだから、離すわけにはどうしてもいかない。 「隠れてていいよ。蹴ってもいいし、暴れてもいい」 「ふざ、」 「服着せなかった俺が悪い。ごめん、顔も見せなくていいから」 だけど抱き締める事だけは許して。暴れ続ける相手に負けないぐらいの力を込めて抱き、シーツの上から背中を擦り続けると少し落ち着いた気配に安堵、しかし相手の呼吸はまだ荒い。 「無理、無理」 「うん」 「消えたい」 「恥ずかしい?」 「もう嫌だ、」 顔をより埋めたのだろう。胸よりも少し下あたりに質量を感じ、縮こまる相手の声は籠っていて聞き取りずらい。暴れることのなくなった相手は冷静さを取り戻し、逆にそのせいで余計に羞恥心が込み上げてしまったのか。大人しくなった相手の震えはダイレクトに伝わってきて、通常の照れ隠しとは桁違いなその反応を、ただ可愛いとだけ感じるほど自分は能天気でもない。 「…、飲み物取ってくるな」 固まる倉間に、一人にさせたほうが良いのかもしれないと思考が働いた。咄嗟の思い付きにしてはもっともらしい口実が口をつき、撫でる行為を止めてベッドから降りようとする。が、縁に手をかけた所で冷たい感覚が先端に。 「、え」 「いらない」 触れた指先は徐々に近づいてきて手の甲に重ねられる。シーツの隙間から覗かせているのは腕だけで、他は隠されたままだった。 冷や汗からだと思われる冷たさとは裏腹の行動に、正直戸惑い無駄に焦る。 「いやでも」 「渇いて、ない」 釈然としない主張はこちらのいいようにとってもいいのだろうか。つけあがる思いは勘違いであれば恥ずかしいが、それ以外でも嫌なわけで。 触れてきた手の指の間に自分の指を絡めていき、ベッドへと身体を戻す。残った片腕で再び抱き締め様子を伺うと、小さい、けれどはっきりとした声が聞こえた。 「…めんどくさいですか」 「何が」 「俺」 何が、などと聞かなくても流れでわかるものだったが、あえて問うた結果はやはり。 「冗談」 自分にとって意味を持たなすぎる問いだった。とは言え会話が出来るまでに相手が落ち着いたというわけでもある。思わず溢れた笑みは言葉にも表れてしまった。 「離してあげられないぐらいなのに」 「離してあげたいんですか」 「お前が望むなら」 もしも相互の想いで無くなってしまったのなら、繋ぎ止めておくつもりはなかった。だがそれも、今となっては難しい気がする。 「望まない」 「ふ、即答」 望むなら、なんて言い回しは卑怯だと解っている。相手は多分、面倒なのかを不安を持って問うていて、自分はそんなもの持たずに言わせたくて問うたのだ。 「南沢さん」 「ん?」 繋がれた手に力が込められた。どーした?と続けると、シーツからゆっくりと顔を出す相手。 「…おはよ、ございます」 「大分遅い返しだな」 口では手厳しく言ってやったが、内心は、もう。声だけでも聞けるならばとは思っていたが、顔が見れないのはやっぱり辛いものがあったようだ。高揚する気分を抑えるつもりはもはやなく、抱きいれて今度こそ額に唇をあてる。その勢いに驚く相手であったが、こちらを見た途端に笑顔を見せた。 「顔、緩みすぎですよ」 「駄目?だって嬉しい、めちゃくちゃ」 心からを言おうとすると、語彙はまとまらなくなるもので。だけどより伝わる気がするのだ、思ったままの言葉のほうが。 「もう大丈夫?」 少しだけ隙間を作って相手の表情を見れる位置に。どれだけ過保護だとは思うが、突っ走っての失敗は繰り返すだけ無駄なのだ。 「大丈夫じゃない」 今も死ぬほど恥ずかしいんですけど!と伏せて言った相手は顔を上げた。 「でも、わかんねーけど、なんかあんたが足りない、から」 何故視線を反らさずに言えるのか、どうしたらいいのかというような表情はあどけなさも含んでいるような。 「お前のそういう所さあー、本当に、あー…、」 今度はこちらが顔を伏せる番になるわけで。好きなようにしてもいいのなら今すぐ、といった感じではあるがそういうわけにもいかず。 「倉間」 「なん、ですか」 一呼吸ついてから、顔を上げて相手に近付く。逃げさせることのできるスピードで、ほんの一瞬唇を重ねた。 「足りる?」 「足り、ない」 物足りなさそうな様子は嬉しいのだが、こちらの欲を駆り立てるのであまり直視するわけにもいかず。 「俺も足りない、あげたりねーの」 とりあえず、もう一度塞がせてもらうことにした。 ∵鍵は開けておきます |