同居設定 火照る身体は熱いのだろうか。確かめるという口実を手に相手の頬に軽く触れる。ソファーに完全に身体を預けて閉ざされていた瞼はゆっくりと薄く開かれ、こちらを見るとふにゃりと表情が崩された。 「何笑ってんですか」 「いや、倉間だなー、って」 逆に俺じゃなかったら無用心すぎんだろうとツッコんでもいいのだが、労力的にそれはパス。すんなりと発せられない言葉はぎこちなくて、それが少しだけ不安要素になる。帰宅したばかりで冷えきっていた掌をうなじに当てれば、じんわりと相手の体温が移ってくる。 「きもち…」 「あんた熱すぎ」 湿った髪の毛から滴り落ちる滴はもう冷たくなっているのに、一度逆上せて上昇した体温はなかなか抜けきらないらしい。 バイト先からの帰宅。遅すぎる時間というわけではないが、いつもよりは少し遅くなったかもしれない。鍵をあけてやっと住み慣れてきた室内へ入る、ここまではいつもと変わらなかった。が、途端洗面所の扉が勢いよく開かれ事態は変わる。 「っうお!?」 「、」 開かれた扉にぶつからなかったのは不幸中の幸いか、代わりに別の重みが寄りかかってくる。現状が把握出来ないまま支える相手は、当たり前だが同居人でもある先輩だ。辛うじて着たと思われる服も、身体が拭ききれていなかったのか所々濡れている。 「ちょ、南沢さん!?」 なにより身体の熱さに驚き、荒い呼吸を繰り返す相手にわりとガチで頭が真っ白になった訳だが、首をふる仕草に気付いて少し冷静さを取り戻す。なんとかソファーまでたどり着き、相手を寝かせてどうしたと尋ねると、小さな声で長湯しすぎただけと苦笑いを浮かべられ身体中の力が一気に抜けた。 冷蔵庫にあるミネラルウォーターを渡して飲ませれば、大分落ち着いたようで呼吸は正常な物へと戻っていく。安堵も束の間、濡れてしまった後始末をしようと廊下へ向かい一仕事。一段落して戻って来れば、その目は閉じられていたわけだ。 「心配かけないでください」 「うん」 「子供じゃないんですから」 「ごめん」 「、」 ぐだぐだと重ねていくはずだった文句は素直な謝罪に塞がれそのまま飲み込まれてしまう。かと言って腑に落ちるわけもなく、釈然としない思いは巡りめぐって結局顔に出そうになって後は顔を伏せるしかない。 「もう冷たくないんで」 うなじに当てていた掌は、役割を果たしてしまったようですっかり相手の体温と同調していた。所詮言い訳をぽつりと呟いて相手との接触の距離を取ると、寂しそうな表情を浮かべられたのは気のせいにしてしまいたい。 「…こっち、なら」 けれどそういう訳にもいかず、寧ろ罪悪感で首を締められるのは自分だとわかっているのだから自ら手を指先へ伸ばす。 とん、とぶつかれば絡められて、後は握り返すだけ。たったこれだけのことなのに、大袈裟に微笑まれては意識してしまう他ない。 「 馬鹿みたいだけど」 身体を起こしてきたと思ったら、正面から抱き寄せてくるとは予想外だった。 「ちょ、」 「帰ってこないかもとか」 肩辺りに顔を埋められてあたる髪の毛が少し冷たい。 「考えてたら、限界来てた」 背中に回された腕は弱々しいのに力強い。こちら的には何をしたわけでもないが、どうやら弱らせてしまったようだ。泣きはしていないのに、それ以上のダメージを抱え込んでいることが分かってしまえば放置もなかなか難しい。 なんだかな、と思いつつ、濡れた頭を両腕で包み込んだ。 「馬鹿ですね、本当に」 こちらの服も濡れてしまうが、すぐに風呂にしてしまえばいいだろう。シャンプーの香りのする頭部に、ちゅ、と口をつけるのは、いつもやってくる相手の真似事。 「俺の家、ここなんですけど」 ノリでやってしまったがどうやら自分にはまだ早かったらしい。(というか、多分対象年齢になることはないと思う)顔を上げさせないように、ぐっと抱き締めた。 「…知ってる」 「う、あ」 が、どうやら気付かれてしまったようで、少しの抵抗で防波堤は崩されてしまう。湿った両腕を捕まれソファーを背に身体が傾けば、正面に相手の顔が写った。 「おかえり、倉間」 「あんたさっきまで!」 「ヘコんでただけ」 もう平気、とぐいっと顔を寄せられても、ぶっちゃけこちらが平気でない。近距離だから分かったが、あんたの顔だって微睡みは取れていない。被さってきた身体は未だに熱く、走る心臓の音は早い気がしてどうしても戸惑ってしまう。 「おかえり」 「た…だ、いま」 どうやらどちらも重症のようなので、癒えるまではこのままでいようと思う。 ∴寂しいとはまた違った |