「魔法の言葉を唱えましょう!」 「え、何、は?」 朝っぱらから何なんだ。通常であれば『ツッキーおはよう!』から始まるであろう登校のスタートは、不可解な言葉から始まった。尚且つ、相手の笑顔が半端じゃなかったので嫌な予感しかしないわけだ。 「…えー、ツッキー、えーーー」 「いや、え、僕が悪いの?」 とりあえず理解できなかったので固まっていると溢れた相手の不平不満。あまりこちらに不満を見せない山口であるので、少しだけ驚き狼狽える。と、直ぐに表情は戻り明るくいいはなった。 「31日、今日はハロウィンなんだよ!」 「…、」 「…?ツッキーもしかしてハロウィン知らない?」 「知ってるよ!」 絶句、からの沈黙に、相手がこれまた馬鹿らしい。そして少しでも狼狽えた自分が可哀想だと心から思った。もともと期待もしていなかったが、これ程までとは誰が思うか。 横目で確認する相手は遠足前の小学生のような。明らかに何かを用意しているのがばんばん伝わってくる態度なわけで。 「…で、何。悪戯したいの?されたいの?」 ため息混じりに付き合う意思を見せると、頭のアホ毛が立つのではないかという程には嬉しそうに反応をする。 「したいけど、ツッキー喜ばせたいから後者がいい」 へへへっ、と笑いながら答えるのは無垢。自分は所持していないそのスキルが時々羨ましく感じるのは不可抗力だ。 「言えばいいの?」 「言えばいいの」 早く早く、と急かしめなあちらと、多少言うのを戸惑うこちら。 「…ト、リックオア、トリート」 若干ぎこちなくなった山口曰くの魔法の言葉。言った後から恥ずかしくなり、思わず掌で顔を覆った。何をしているんだ、朝から自分は。 「…ツッキー可愛い」 「うっざ!!あーもう、言わなきゃ良かった」 「うああ、ごめんごめん!」 相手の言葉に羞恥は重なり、無視して何処かに消えてやろうかとさえ考えた。それに気付いてか慌てたあちらは、謝罪を口にしポケットから何かを取り出す。 「はい、どうぞ!」 無理矢理握らせられた二枚のそれには、顔のついたカボチャが不気味に微笑んでいるも50%OFFとでかでかとかかれていた。 「な、にこれ」 「駅前のケーキ屋さんの割引券」 それは自分が好む店のものだった。ただ、学生にとっては値段が高く、なかなか食べることは出来ないのだが。 見つめるチケットのカボチャの微笑みが、だんだんと天使に見えてくるから自分のケーキ好きは凄まじい。 認めたくはないが正直嬉しく、渡した相手も満足そうで。 「…なんで山口が嬉しそうなわけ」 「え?だって」 「あー、やっぱいい」 一度は問うたものの返ってくる言葉など容易に想像できることに気付き塞き止める。寧ろ想像以上のものを言われそうで、なんともいえない。 「…まさか、一人で行かせる気?」 「二人で行きたい!」 二枚渡した理由も、どうせこちらから誘わせる為なのだろう。その辺りはなんというか、あざといというか。素直に誘えないこちらにも非があるのだろうが。 「ツッキー本当にケーキ好きだよね」 「事実だから否定はしないよ」 渡されたうちの一枚を相手に返しながら歩みを進めて、今度はこちらが仕掛けてみる。 「で、早くくれないと悪戯するよ」 「、へっ?なんで?」 チケットあげたよね?と少し慌てるあちらが面白い。根本から違うというのに。 「チケットは、お菓子じゃないよね?」 我ながら嫌な性格。揚げ足をとるような、だけどもそれが自分なのだ。 「え、え?」 「ねぇ、早く。お菓子頂戴?」 立ち止まり相手を追い詰める。あぁ、この様子じゃあ、おそらく。 「無い、です」 「それは残念」 盛りたい時期だから仕方ない。 ∴ハロー、ラプンツェル |