シャルウィー | ナノ









原因は一つではないのだろう。大学生と受験生。最近は時間が合わずに会えておらず、遠慮してか電話もなければメールもしていない。そんな状態で募った不安が何処かで消化されるはずもなく、珍しく呼び出して来たと思えば、暴走ゆえの行動をとられた。

せめてベッドに倒してほしいものだ。何も敷いていないフローリングは固い上に冷たく、この時期に関しては特に願い下げしたい。両腕は掴まれているので身動きがとれる状態ではないが、さほど力は込められていないので抜け出せないこともないだろう。そういうところが、臆病なのだ。

「どうせなにも出来ないくせに」

恐怖、というものを感じることはなく、ぽつりと口をついた本音は相手の表情をさらに曇らせた。

過去にも何度かこういうことがあった。どんなタイミングなのかはわからないが、苦悩を浮かべてこちらを見つめては、何もすることなく解放される。その後は何事も無かったように接してくるから一度もつっこんだことはない。だから今回も同じなのだろうと、油断していたぶん驚いた。

「…じゃあ、じゃあどうすればいいんだよ!」

「いっ、!」

弾けるように叫んだ相手に、捕らえられていた腕に思いきり力を込められ、痛みに思わず声が漏れてしまう。
こちらの変化に気付いたのか、一瞬弱まった強さであったが、苦しそうに首をふって再び力が込められた。

「そうだよ、何も出来ねーよ」

薄い笑みを浮かべる相手であるが、楽しさなど微塵も感じる事はなく。

「だって無理だし、嫌われるとか、過るだけでこんなんなのに」

直線的な視線から逃れることが出来ず、暴力のような言葉が頭を揺らす。

「でも捕まえたくて、だけど方法なんてわかんねーからっ、」

「そんなに足りませんか、俺が」

被せて言葉を遮った。これ以上、聞いたところで意味があるとは思えない。それよりも、やるべき事があるのだから。

「足りませんか」

「…足り、ない」

重複して問い掛ける。宥めたつもりはないのだが流石というべきか、乱れた感情を立て直し、再び苦悩を浮かべて返答する相手。それだけ聞ければ十分だ、少しだけ緩んでいた腕を制御する力に対抗して、被さる相手を突き飛ばした。

「自覚ないわけ?すげーうぜぇ」

壁際に追いやって今度はこちらが相手の腕をとる。膝を立てて見下ろす形をつくり、困惑する相手の唇にかぶり付いた。

こんな時にでさえ悔しさが募る。相手がしてくれるように上手く導く事も出来ない上に、いつの間にか引き込まれていた口内で犯されているのは自分の方だ。酸素を求めて離れた時には、どちらが襲ったのかわからない状態だが、依然腕を離すことはせず。呼吸を整え言い聞かせるように近づいた。

「捕まえたいっていいますけど、捕まえたこと忘れてんの?」

どうしてこうも自信がないのだろうか、この人は。またそうやって引き込んで、どんどん自分を浸食していく。

「てか、あんたが足りないなら俺だって足りてるわけねーじゃん」

それで呼び出してきたと思えば、まさかのフリだけ。ふざけんな。

「生殺しとか、勘弁しろよ」

とっくの昔に捕らえられて、どうしようもないぐらいにあんたで埋め尽くされているというのに。どうしてこうもすれ違う。

「待ってんですけど、俺」

顔を染める相手に、なんとか伝わったと理解する。
襲ってくるのは安堵感。捕らえた腕を手離して、相手の首元に寄りかかった。

「…あー、くそ、すっげー恥ずかしい」

「なんであんたが言うんですか」

覆うように抱き締められて、一息ついたら漏らされた台詞。明らかにこちらのものだと思うのだが、まさかの相手が口にする。

「…好き」

「は」

「大好き、愛してる、食べたい、欲しい」

「だー!なんなんすか勘弁してください!」

耳元で連呼されるのは甘い甘い、そんな言葉。雰囲気も変わったせいか、耐えきれなくなり顔を上げる。

「恥ずかしい?」

「わかってんだろ」

だったら聞くなと視線を反らすと、頬に指が宛がわれた。

「でもこれ、お前が言った台詞の要約」

「…、っ!!」

たっぷり数秒、そして思い出す先程までの自分。

「わすれ、」

「却下」

滑るように撫でられ、堪らなくなり顔を伏せた。若干涙目、歯を食い縛るも耳まで熱い。全部が熱いのだからもはや手遅れ。

「かわいー」

「うっさい」

せめてもの抵抗。迷いも含めて手が出るも、すぐに相手に止められる。

「なあ、待ってるんだっけ?」

掴んだまま唇に持っていかれ、吸われた甲がビクンと震えた。

「…言わせますか、普通」

「だって聞きたい」

ちらりと見上げた相手の様子は、言ってもいないのに幸せそうなので。

「好き、です。足りない」

随分と甘やかしてしまう癖は治さなくてもいいのかもしれない。






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