突然転校していった先輩と、再会。そして試合をしてから一週間がたとうとしていた。自分の勘違いでなければ付き合っていた、はずの人。試合中に言葉を交わすこともなく、勿論和解後も特に何も無いまま気付けば帰りのバスに乗り込んでいた。

呆気ない、でもまあこんなものか。と諦めれるような心情ではなかった。でもどうしたらいいかも解らない、多分、正解さえも用意されていなかったんだと思う。一度は携帯を手に取った。だけど、何も言わずに消えたその人に、繋がるのかと自問して、結論として一度も連絡をとろうとしたことはなかった。それは試合後も変わることなく、今となっては付き合っていた事実も思い違いだったのではないかと思うことによって期待や可能性を押さえ付けていた。だから、扉を開いて血の気が引いた。玄関から数歩後ろ、呼鈴を鳴らして下がったのだろう。少し後ろにその人は立っていたのだから。


「え…」

「ひ、さしぶり」

「お、ひさし、ぶり、です」

他人行儀な挨拶の後の、続かない言葉。
玄関を出て近づくと、明らかな動揺を見せた相手にこちらも怯む。
続く沈黙とぎこちない空気。
用があって来たんじゃないのか、じゃあなんで何も喋らない、なんで目線を合わせない、なんで勝手に。募る苛々は過去に遡る。
遡れば、押さえ付けたはずのそれらが溢れだすのは明白だ。

「っ、…」

熱くなりそうな目頭。だけど、この人の前でだけは阻止しなければならない。

「あの、じゃあ」

沈黙を続ける相手に背を向けて、家の中に入ろうとする。呼び止められるのではないか、むしろその期待を抱くも、虚しく扉がしまる音だけが背中で響いた。

「わけ、わかんねぇ」

同時に溢れだす水滴は熱く、止めることは不可能で。酸素を求めるも漏れる声に戸惑い上手く呼吸が出来なくなる。何を言われたいのだろう、何を期待したのだろう。もういい、どうにもならないのだ、と部屋に戻ろうとした時、扉が開かれる音がする。

「ごめ、倉間」

「っ!!」

勝手な自己完結は相手の行動により阻止された。振り返らなかっただけまだマシだったが、こちらの涙に気づかれるのも時間の問題。いや、もうばれているかもしれない。途端、全てがどうでもよくなる。

「なんなんだよ、あんた」

精一杯の低い声も、嗚咽が混じり迫力などあるはずもない。全てぶつけてしまおうか、とこちらが振り返ると、一瞬交わる瞳、から溢れる相手の大粒の涙。認識した瞬間強く抱き締められる。後頭部におかれた手のひらや、肩から伝わる振動。時折聞こえる酸素を求める音が、先程の涙を証明する。

「なんで、あんたが泣くんだよ」

「ごめ、ん」

「じゃなくて!」

精一杯の力で突き飛ばした。顔を見ていないと誤魔化されそうで、多分、今までにもそれで誤魔化されたこともあって。今だけは絶対に駄目だ、と相手の胸ぐらを掴んだ。

「なんで、泣くんですか」

「っ、」

「答えろよ」

「お前は、」

情けないことに、こちらも限界など越えている。力をいれる指は震え、瞳からは溢れるものが止まらない。本当は逃げてしまいたかった。何を言われても駄目な気しかしなくて、琥珀色の瞳に映る自分の顔は怯えきっていた。

「お前は、俺の、だから」

「は、」

「俺のだから!」

言葉の勢いに呑み込まれて思わず手を離す。
背けられていた瞳はこちらを捕らえて、しかし尚も揺れている。

「何、言って」

「手離してない、手離さない」

「みなみさわさ、」

「離れるなんて許さない」

言葉を重ねる度に歪んでいく相手の表情。言葉の意味にそぐわない態度は、こちらの動揺を加速させる。
ゆっくりと伸びてきた指先は、こちらの指に触れる前に止まって相手のもとへと帰っていく。触れることさえ出来ないのに、どうやって捕まえておくつもりなのだろうか。

「離れるなんて言ってない、言うタイミングだって貰ってない」

勝手にどっかに消えたのはあんただろ。伝えた途端相手の肩が揺れる。威勢がいいのは言葉だけ。あちらの苦い表情に、こちらまでもが苦しくなる。

「…離すなとも言えなかった」

「、え」

「あんたばっかり、みたいな言い方してんじゃねーよ」

どうせ言葉の理解なんてできてねーんだろ。押し倒す勢いでこちらから胸元へ行く。廻されない腕のかわりにこちらが強く抱いてやる。

「あんたこそ、俺のなんだよ」

相手の服を握りしてめて、渇望を言葉にする。止まっていた涙も再び溢れ始めて、服に染みを作っていった。

「…泣いて、んの」

「悪いですか」

「違う」

濡れる瞳に触れる唇は、驚くほど優しく暖かい。

「すげー嬉しいだけ」

強く、抱き返されて温もりが伝わる。と同時に気づいた相手の震え。

「なあ、好き、好き。お前が、」

「知ってます、伝わってます」

未だに不安げな相手の首に腕を廻す。

「俺も、好きです」

「俺が?」

「あんたが」

どちらからという訳でもなく、唇が重なった。

あんたが居なくても平気だとか、そんなことあるはずなかったんだ。






∴海の金魚







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