大学生




清々しい空気を色に例えれば、多分青とか水色とか。透明なのは変わらないけれど瞳に写る色はそんな感じだった。時刻は6時過ぎだったか、少々起きるのには早いと思いつつも、一度起こした身体を再びベッドに戻すのもどうかと思い、開けたカーテンを閉じて自室を出た。

使いなれないキッチンで、作りなれない二人分の朝食を作る。
目が覚めて時間がたてば、嫌でも意識はハッキリとしてくるのだ。そして実感する、ここが自宅となったのだと。

言ってきたのは相手だった。世間話の直線上、のつもりだろうが様子がおかしい。流れる変質的な空気に緊張を抱けばまさかの告白。

『一緒に住まない?』

最悪を想定していた訳だから、拍子抜けもするだろう。

通う大学はお互い違うが、位置はたいして変わらない場所にあった。そりゃ、何度か思ったことはある。口に出すのがもどかしく、伝えることをしなかっただけで。となれば、行動も早かった。物件を探して入居してから、本日が初めて迎える朝なわけだ。

一人暮らしを始めてから本格的にハマった料理は、その辺の学生よりは上手いだろうと自賛する。
完成した朝食を運びおわり、どうしようかと迷ったところで、扉が開かれる音がした。

「あ、おはようございます」

「…は、よ」

「起こしに行こうか迷って、!?」

首に掛けてあるタオルから顔は洗い終わっているのだと悟るけれど、まだまだ眠たそうな表情のその人。
とりあえず挨拶をと思い声をかけると、吸い寄せられるように自分のもとへやって来て、気付けば抱き締められていた。当たり前だが想定外。抵抗を忘れて固まっていると、力はより加えられた。

「…朝から倉間とかさ、もう、」

喉のもう一つ奥辺り、底の部分から出された声は寝起き特有のその声で。
わかってたけどさー、などと呟きながらも離そうとしない相手に、ようやくこちらの意識もハッキリとしてきた。

「すげー幸せ」

「勝手に言っててください」

「うん、言っとく」

テンプレと化した温度差にもめげない相手は、そのままのテンションで額に唇を当ててきた。
自分に何を求めているのだろうか、と思う。素直に俺も幸せです、なんて、こちらが言えないことぐらい知っているだろうし、実際今回も出たのは罵声のみなわけだ。そんな言葉も楽しそうに受け止めて、うなじに顔を埋めてくる相手の心境とはどうなのか。
ため息が出そうになった時、相手の笑い声が聞こえた。

「どうしました?」

「いや、あのさ」

「はい」

「…新婚さんみたいだなと思っ」

「だまれ」

それ以上言わせる気など更々ない。なんのつもりだこの男。確かに思った、朝起きて、ご飯作って、起こしに行こうとして、じゃれあって(一方的に、だが。)。何処の新婚だよ程度には思った。
ただ、思うのと言われるとのじゃあ意識のレベルがはね上がるってもんだ。途端、自分のしていることが恥ずかしくなってくる。

「あー、くそ」

赤く色付いているであろう顔を見られないためにはどうすればいいか。胸に顔を埋めるのが一番良いのだが、今は出来ないしたくない。
手の甲を顔に当てて隠すも、大した意味はないだろう。

「え、何、意識してた?」

「してねぇ!」

「可愛い、やばい」

こちらの返答を逆の意味で解釈し、一気に気分の上がった相手。腕を掴まれ開かされて、そのまま押されて背中に壁がぶつかる感覚。触れる、と思い強張ると、来ない感触と耳に届いた台詞。

「してもいい?」

主語などなくても理解はたやすたかった。いつもなら勝手にやるくせに、こういうときだけ同意を求めてくるのは腹立たしい。力の限り睨み付けるが、相手の顔は変わらない。

「…したいんなら」

「、したい」

告げた瞬間塞がれる。受け入れようかと若干悩むと、ひどく強引に侵入してしたそれ。だけど優しいと感じるのはきっと相手がこの人だから。漏れる音がやけに生々しい。

「…、ご飯、冷めますよ」

「お前ムード無さすぎ」

口を離して糸が切れないうちにいった台詞で余韻は壊した。クスクスと笑う相手はさして気にしていないようだが。こんな甘さ、残しておいても得はない。しかも、こんなに朝早くから。

「ねー倉間」

とりあえず席につこうと離れると、後ろに引かれて抱き止められた。

「指輪とか、買わない?」

指を絡めて言われたのはまさに衝撃。壊したはずのその甘さは何倍にもなって復活する。

「あの、」

「うん」

その先が言えずにつっかえる。口を開けばまたやらかしそうで、こくりと頷くのが精一杯。絡めた部分に力を込めた。





∴初日のこと






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