「ぜっんぜん見えない、逆にぼやけるよこれ」

「だろうね、というか返してよ」

通常装備のアイテムは今や相手の手のひらで弄ばれていた。つまり、眼鏡をとられた。

放課後が始まれば直ぐに部活に向かうのがそりゃあ定ってものだろうけど、どこぞの熱血系みたいにアドレナリンが放出されまくるはずもなく。寧ろ若干、あ、今日だるいかも。なんて思うこともあり、それが今日だったりもしちゃうわけで。
あと五分たったら行こうかな、なんて、ボーッとしながら席に座っていたら、お決まりのそいつにやられてしまった。

「部活いかない?」

「行くよ、そりゃ。」

「ふーん」

真のない返事は無意識に近いものだろう。それよりも、どうやら目の前にいるこいつは人の眼鏡をいじる方が先決らしい。

「ねぇ見てツッキー、似合う?」

漫画だったら後ろに「じゃん」とでもつきそうな具合に眼鏡をかけるそいつはとても得意気で、よく言えば素直な、本音を言えば授業を全てこなした後には関わりたくないオーラを出しまくってこちらを向かえた。

「…似合ってんじゃない?」

数秒考えた。いつものノリで罵倒してやろうか、素直に感じたことをいってやろうか。なんせ、体力を消耗したくなかったわけだ、このあとの運動のために。
それに、自分よりも髪の色素が大分濃いコイツには黒い眼鏡の色が映えていて、寧ろお前の所有物なんじゃないかといったオーラさえも発せられている。正直、わりと本気で似合うと思った。

「…、なに」

「え、あ、」

眼鏡に両手をかけた状態で固まる山口。
わかる、大体わかる。コイツの単細胞な考えぐらい、すぐにわかる。ぷつん、と何かが切れそうになった。

「何、褒められた意外すぎる、みたいな感じになってんのウッザ」

「ええだってツッキーがだよ!?うわ、ビビった、うわ」

「山口さ、いい度胸してるよね」

未だにアワアワと平静を取り戻さないコイツに、そろそろ堪忍袋とやらが開放されて中身がぶちまかれようかとしたところで、四方を向いていた視線とぶつかった。必死そうに揺れた瞳に、疑問が生まれる。

「つ、ツッキーも似合ってるよ!」

「は、」

己から眼鏡を外してこちらへとかけてくる。眼鏡のレンズが加算されて、見えやすくなった視界には顔を染めたそいつが一人。

「眼鏡、似合ってる」

すっごいかっこいいよ!と、必死に告げるこいつは馬鹿なのか。それ以上にこんなにも中身の詰まっていない、いや、詰まりすぎている台詞に翻弄される自分が一番馬鹿なんだろう。顔に集まる熱は自分ではどうしようも出来ない。

「…もういい部活行く」

「うぁ、待ってよ!」

こんなことなら、早く部活に行くべきだった。






∴直球勝負とサードフライ