机の上に広がる参考書の問題を解くそいつをじっと見つめた。つい先程まで止まっていたシャーペンは、嘘のように動いてノートを黒で埋めていく。時折困ったような顔になるも、どうやら納得いく答えに落ち着いたようで、スッキリした表情に変わり新たな問題に取り掛かり始めた。

本当に、ころころ変わる顔だな、と思う。自分を特有の呼び方で呼ぶ時とも違う、バレーをやっているときとも違う、授業中も違うし、自分とそういったことをしている時も、そりゃあ、違う。別に微笑ましくなるわけではないが、表情筋がよく鍛えられているようでなによりだ、ぐらいには感じる。

一度目線を参考書へ戻し、だけどなんだか気分が乗らずに再び山口の方へ移しなおす。 と、ばっちりと視線が絡まった。相手の口角が、上がる。

「どうしたの?さっきから」

気づいてたよ、と笑いながらシャーペンを置く仕草。あぁ、しまった。

「なんでもないよ、行き詰っただけ」

「珍しいね、ツッキーならこれぐらい余裕でしょ」

一種の誤魔化しは流されて、反対側にいた相手は這うようにしてこちら側へ移動してくる。もともとそんなに広くはない部屋だ。ほんの数秒、距離はほぼ無い。悪戯っ子のような表情は楽しそうで、まさに、あどけない。

「なに」

「んー?」

目線だけ相手にやると、伸びてきた右手が頬に当てられる。そのまま近づいてきて、唇が塞がれた。一瞬止まるように感じる時間。
ちゅ、っと小さいリップ音を たてられたのは恐らくわざと。離れて生まれる距離と、若干恥ずかしそうに微笑む相手。

「ツッキー、したそうだったから」

自分からやっておいて、その表情はなんなんだ。どんどん染まっていく頬、先程まで自分に触れていた右手は行き場を無くしたかのように宙に浮き、絡み合っていた視線は決っして交わらない。しまいには、言葉に詰まる始末。

「え、あの、ち、がった?」

最後に自信なさげにこちらの様子を窺がわれれば、まるでこちらが悪いみたいだ。口をつくのは大きな溜息。

「…はぁ」

「ご、ごめんツッキー!」

「謝んなくていいよ」

慌てる相手に謝罪を入れ、腕を引いて胸元に閉じ込めた。

「、え?」

「間違ってない から」

キスしたかったよ、政界、百点満点おめでとう。耳元でいってやると、フリーズ、からの、凶器。

「よ、かった」

崩したように微笑んで、伸ばされる腕に捕らえられれば相手の思うまま。無意識であろうその行為が、どれだけの爆弾か本当にわからないのだろうか。

「ちょっと、くっつかないでよ」

「あ、うんごめん」

本心からではないのだけれど、拒否の言葉を発した途端反射のように遠ざかるのはどうなのか。寧ろ抱きしめたいのはこちらなのに、嫌な顔ひとつ見せないで不条理を受け止める。回した腕をすぐに解いて一定の距離が空けられた。本当に、乱される。

「あ、ねぇ、ツッキー」

「あ?」

今度は何だと耳を傾けると、無垢 に笑った相手が囁く。

「実は、俺もしたかったんだよ」

発火材に火が付いた。







∴熟した果実と