大学生または成人済



たまたま見た画面に南沢と続く文字。受信されたメール画面を開いてみれば、『熱でた』と一言だけ。なんというか、力が入っていたわけでもないのに襲ってくる脱力感はどうなのか。自分が思い付く選択肢はせいぜい二択。その下に続くであろう文字を勝手に解釈して相手の自宅を訪問するか、あくまで知らないふりをして大丈夫ですかとでも返すか、だ。
財布を掴んで家を出た。

まあ、とれるのは一択。結論として前者になるのは致し方無い。途中コンビニによって適当にゼリーを購入、買い忘れたことに気づき自販機で飲み物まで揃える始末。送り主の自宅へ到着し、持ち手に手を掛けたところで違和感。あれ、と思ったと同時に扉は開かれる。

「いらっしゃい」

嬉しそうに微笑む病人に、まさかの、まさかのお出迎えを受けた。





「怠い、っつーか、身体が重い」

とりあえず室内へ迎え入れられ、定位置であるソファーに腰かけようとしたところで思いっきり腕を引かれる。突然の衝撃の後、視界を開けばけばベッドの上。倒れたまま横をみると引いた本人も同じ体勢で仰向け。片腕を額に乗せて、ふ抜けた声で体調の報告。小間切れに言われる台詞の音量は、通常よりも幾分か小さく頼りないものだった。

「大人しく寝とけばよかったんじゃないですか」

少し赤く色付いた頬と溶けた表情はれっきとしたそれで、おそらく玄関まで迎えに出る体力の余裕など無かったように思える。実際、先程の笑顔は何処へやら、若干冷たく言い放った台詞にも反応は無い。
そのままじっと見つめていると、腕の隙間から揺れる瞳と目があった。

「…元気ぶってみたけど無理だった」

「ぶってんじゃねーよ」

呆れたものだ、少し大きめの溜め息が出る。

「お前が来んのに、寝てるだけとかなんかやだなってメールしてから気付いた」

でもやっぱ怠いわ、無理。と、台詞を続けて完全に目を閉じる相手。額に当てられていた腕を
上げ、そのまま頭にのせられる。撫でるように動かされるも、その力はあまりに弱々しい。
耐えかねて疑問をぶつけた。

「…なんで俺が来ること前提なんですか」

「、はぁ?」

「俺、来いなんて言われてないですよ」

苛立った口調でいうと、数秒の隙間の後笑いだす相手。あぁ、しまった、地雷を踏んだ。

「だって、お前、うちに来ない選択肢なかっただろ」

にやついた表情で見つめられて、心からの後悔。黙り混もうとするももう一度吹っ掛けられる。

「なかっただろ?」

「まあ普通ありませんよね!」

自棄だ。もうこれは自棄だ。自分が招いた結果だ。後始末ぐらい自分でしてやる。

「ふ、心配した?」

「もういいからあんた寝とけよ」

頭に添えられた手を払って反対側へ身体を向けるのは、嫌になったからとかそんなんじゃなくて。素直に心配しましたと伝えればいいだろうと脳内の自分が訴えてくるが、まあ、所詮は脳内だ。とりあえず冷蔵庫に買ったものを入れにいくふりをして、その場から逃げようと試みようとしたところ、相手の一人言が響いた。

「風邪ひくとさ、なんか人肌恋しくなるなー」

あくまで、一人言と解釈する。

「な、倉間」

熱のせいか籠ったような声は、同意を求めているのか行動を求めているのか。考えなくても後者なわけだが、言葉も発せられない自分が行動に移せるか。

「倉間、来て」

ぐらぐらと揺れる意志はもらった二度目のきっかけにより固まった。くるりと身体を翻して相手に寄ると伸びてくる腕に捕まる。ほう、と漏れた溜め息は安堵のようなものか。

「やっと、目的達成」

「なにが」

「甘えたかっただけだから」

こつん、とぶつけられた額の持つ熱は通常よりもずっと高い。改めて病人であることを認識して、胸が痛んだ。

「このまま、寝ていい?」

もう限界かも、と溢された言葉はおそらく本音。
躊躇していた身体が今なら動く。

「そりゃ、心配しましたよ」

だから来たんですもん。呟きながら相手の腕をほどいて少しだけ上へ移動する。自分がいつもされるように、胸に相手を抱き寄せた。必然的に受けとる視線は上目使い、あぁ、可愛いなあ、と何の気なしに感じる。

「俺だって、甘えさせに来たんですよ」

きゅ、と緩く力を込めると、ふわりと微笑んだ相手は瞼を閉じる。

唇を当てれないもどかしさは、癒えた後に伝えようと思う。





∴良薬口に甘し