「当たり前だったのになー」 「は?」 河原の道を一緒に歩くのは常のことだった。部活が終わった後、時には浜野や速水も含めて、時には二人で。 今では少し特別なことになってしまったけれど。 紅く染まる河川は綺麗だと思う。別にロマンチストを気取るつもりもないし、気取った処でボロがでる、というか、笑われる。 「昔はよく一緒に帰ってましたね、って話です」 込めたのは、感想と少しの嫌味。数歩後ろを歩く先輩の方を振り返り、少しだけ強めの口調でいう。逆光で顔は見えないのは、丁度よかったかもしれない。 なんせ、言って後悔している自分がいるのだから。 お盆休みでこちらにいるのも今日で最後なのに、嫌な思いをさせたかもしれない。 「くら、」 「すみません、忘れてください」 被せるように言葉を吐いて、前を向いて再び歩く。 考えてみれば、こうやって一緒に帰れたのも残すところ数ヶ月程度だったわけだ。3年ともなれば、大会が終わればすぐに受験へ向けて本格的な生活へと変わっていく。特にこの人だったら、尚更。その時期がほんの少し早まっただけなのだから、別にこんな感情を抱く必要性すらない。というか、この感情の名前さえもわからないのだ。ただ、もやもやする。 「、南沢さん?」 すたすたと歩いていたわけだが、後ろからの気配を感じず立ち止まり再び振り返った。 「…なにしてんすか」 「んー?」 振り返ると数メートル後ろの河川敷に座り込む相手。自分でも顔がひきつるのは分かったが、当の本人はくすりと笑ってちょいちょい、と手招きしてきた。 「…、置いていかない俺に感謝して下さいね」 来た道を戻り、相手の横にちょこんと座る。なんとなく、膝を抱えた。様子を見るため首を回す。視線はぶつからない。 「ここらへん、意識してみたことなかったよなー」 すっげぇ綺麗、と遠くを見ながら呟く相手の思考が読めず、少し困惑する。 「みな、」 「俺は、後悔してないよ」 疑問を問おうとしたところ、今度はこちらが台詞に被せて言われる。何に、など主語がなくても伝わった。 おそらく、月山へ行ったこと。「ついていけない」と、雷門を去ったこと。 「後悔してない」 「…はい」 繰り返される台詞に意識せずとも声のトーンは下がる。膝に顔を埋めた。 「…でも、少し強がりだったりしてな」 「、」 すぐに顔を上げて横を見る。今度は視線がぶつかって、ふ、っと笑った相手の手のひらが頭に乗せられた。 「くーらーまー!」 「わっ、ちょ、なにすんですか!」 いきなり体重をかけられて支えれないまま芝生へとダイブ。頬にかかる草がくすぐったい。笑いながら頭を撫でられて、もうわけがわからなかった。 「誰かに見られたらどうすんすか!」 「人いないし、角度的にここ見えないから」 咄嗟に出たとしてはわりと現実的な抵抗はあっさりと否定され、まさにされるがまま。まじでなんなんだと思った時、相手によって空気が変わった。 「…俺も、お前と同じだよ」 低い声で、言い聞かせるように言われた。 「え?」 何が、と問おうとしたところ、腕を引かれて抱き締められる。小刻みに震えているのは、紛れもない相手の方で。 「寂しいよ」 「、」 「すっげぇやだ」 喉の奥底から出たような、絞り出された声に驚き、声が出ない。 「お前もつれていきたい」 ぐ、っと力が込められたのが分かり、冗談で言っていないのがわかる。 「…さみ、しい」 ゆっくりと、相手が言ったことを繰り返して気づく。 「寂しい」 胸のもやが、何か別の物に変わる。もっと、形を持ったものに。 「寂しい」 そして気付いた。この感情がどんなものか。 相手の背中に腕を回す。 「寂しい、です」 「ん」 「あっち帰んな」 「、」 「これ以上、置いてくな」 「っ、」 気づいてしまえば急速に溢れだすそれについていけず、思わず口に出したのは我が儘でしかない戯言。困らせたくなどないのに、感情がコントロールできなかった。溢れ出すものは、瞳からも零れる。 「ごめ、なさい」 謝罪を言いながら急いで涙を拭うも、意味などないまま加速する。相手の表情などみれるはずがなかった。俯いて涙を止めようと堪えていると、後頭部に手のひらの感覚。そのまま胸板とぶつかった。抱き締められたのだと悟る。温もりが、心地よい。 「…あと半年、待てってくれるか?」 「はん、とし?」 「高校、こっち受験するから」 「っ!!」 されたのはカミングアウト。うなじに顔を埋められる。 「俺が耐えれる気がしねーけど、」 「待ちます」 自虐気味に言ったのがわかり、思わず返答。 「だからまた、ここ一緒に歩きましょうよ」 顔を上げて伝えてやった。震える声だったけれど、しっかりと意思を持つ言葉。相手に届かないはずはない、それぐらいわかっていた。 「…もう置いていかないから」 「期待しますんで、裏切らないで下さいね」 河川敷に座ったまま、暮れるまで夕日を見ていた。 ∵乗り換え、対角線 |