これこれの続き





ベッドで寝ていたのは一ヶ月間の悩みの元凶、と同時に自分が最も欲していた人物。
閉じられていると思われた瞼は意外にも開かれていたが、視線だけは虚ろに逆方向を向いていた。

「く、らま」

思わず漏れた言葉。びくっ、と誰にでもわかるような大きなそぶりで肩が揺れ、ゆっくりとこちら側を向く大きな瞳。
'
「…え、」

「大丈夫か?」

信じられない、というような表情をする相手に労りの声をかける。咄嗟に上半身だけ身体を起こし、狭いベッドの上でなるべく自分との距離を広げたのはおそらく無意識の行為だろう。伺えるのは紛れもない拒絶。当たり前といえば当たり前。わかっていたのに酷く痛む胸の奥。

「なん、で…」

「浜野から聞いた、倒れたって」

まるで幼子が叱られているかのような瞳だった。潤い、大きく揺れている。食い縛る歯は恐怖からなのか、小刻みに肩さえも震えている。押し寄せる後悔は二種類、一ヶ月前の行動と、今現在の行動。それでも、ここを立ち去るなんて選択肢は、頭をよぎらなかった。

「寝れてないのか?」

「寝て、ます。ちゃんと」

「…、」

誰がどう見ても嘘だった。うっすらと目の下についたクマと、いかにも体調の優れていないような顔色。尚且つ、反らされた視線。でも、追及する資格などあるはずもなく。

「ん、そっか」

無意識に頭を撫でたのは、母性本能のような感情から。数回頭を撫でてから気づいたのは相手の硬直。とっさに、頭から掌を離す。

「悪、い」

誤魔化すように笑いながら言う。落とした目線の先のシーツにシワがよったのは、倉間が強く握ったからだ。

「…ざけんなよ」

「え?」

「ふざけんな!!」

謝罪に返されたのは大きな罵声。それなのに相手の瞳からは溢れるそれら。流石についていけなかった。

「あんたの顔なんて見たくないんだよ!なんで、なんで!!」

頬を伝う涙を拭いもせずに淡々と告げられる棘のある台詞。言い返す言葉などあるわけない、はずだった。

「いつも、俺だけ、俺だけで!!あんたはそうやってからかって!!」

もう、頼むから放っといてくれよ。そこまで言った倉間はやっと流れる涙を拭きながら顔を腕で隠す。
冷水を浴びせられたかのような感覚。今、こいつなんていった?

「俺だけってなんだよ!」

顔を隠す腕を掴みとり、無理矢理開かせる。我慢できずにでた言葉は予想外に大きなもので、一瞬怯んだような表情を見せた倉間に、少しだけ後悔が生まれる。

「なあ、俺だけって」

「俺だけだろうが!!!」

めげずにもう一度問うと、被せるように言われた反論。

「ずっと苦しいのも、忘れられないのも、後悔してんのも!」

俺だけで、と呟いて顔を伏せた相手。時折聞こえる泣きじゃくる声。頭はパンク寸前だった。

「…なんで苦しいんだ?」

「っ、くっ、?」

しゃくらせながらも疑問をつけてくる相手。

「なんで忘れられない?なんで後悔してんの?」

「っ!」

たたみかけるように問いかけた。言わせるなんて卑怯だと思う。でも足りない、一番大切な部分が、どうしても聞きたい言葉が。問いかけというよりも、もはや懇願と化していた。

「あんたがっ、」

涙でぐちゃぐちゃなこいつが、愛しくて仕方がない。

「あんたのことが、好きだから…っ!」

しっかりと目を見て言われた言葉に胸が強く捕まれる。感情のままにベッドへ押し倒し、力の限り強く抱いた。

「俺だって同じだよ」

好き、お前が。お前だけが。耳元で伝えると、ゆっくり背中へ回される腕。一ヶ月ぶりの感覚、一気に癒える奥の傷跡。充たされていく心の奥に、時間を委ねた。



聞こえてきたのは薄い寝息の音だった。回された腕をゆっくりと外して、掌を握る。
泣きつかれたような、それでいて安堵したような、表情。心が痛んだ。
いつすれ違ったのか、何故気づかなかったのか。

「お前がいないと、無理なのに」

ゆっくりと目を閉じた。




∵残像の二酸化炭素