「はい、あーん」

ずい、と出された手が持っているのはソーダ味と思われる綺麗な水色をした棒つきアイス。先輩の部屋でゲームをしながら寛いでいたところ、いつのまにか何処かへ出ていっていたらしい部屋の主は、どうやら食料を確保してきたようだった。

「いや、あーん、って」

また訳のわからんことを始めた偏差値上は賢いはずのこのお方。ついていけないのは俺のせいじゃない。

「溶けるぞ、早くしろ」

「なにいってんですか、てかなんで一本」

固まるこちらに言われるは理不尽な催促。気づいたことは水色のそれが一本しかないということ。

「一本しかなかったから」

「まあ、ですよね。」

「お互い美味しいだろ?」

何がだ。何がお互い美味しいんだ。わからず目で疑問を訴えると、何故解らないといったような視線。

「お前はこれが食える、ほら美味しい。俺はこれを食わせれる、これまた美味しい。」

だから食え、と。それは楽しそうに微笑む相手。殴りたい。

「いつにもまして意味がわかりませんって」

「意味ぐらいわかるだろ。ほら、溶けるからまじで」

温度調節をされているとはいえ、夏場の室内でたかだか棒つきアイスごときの寿命が数十分ともつはずもなく。先端から徐々に透明の雫を漏らし始めたそれは今にも崩れ落ちそうで、理不尽の塊のような先輩に振り回されたあげく、食品本来の宿命を果たせないままこの世を去ってしまうなんて居たたまれなさすぎる。

「…はぁ」

未だににまにまと微笑みながらこちらにアイスを差し出している腕を掴み一気に口へよせる。驚く相手の顔が見えたのでこちらとしては嬉しい誤算。なるべく口を広げて一口でかぶりついた。

「馬鹿、きたねぇ…!」

殆ど溶けかかっていたアイスは、口に入らなかった分は液体となって南沢さんの指から腕までを伝ってよごす。ごくり、と口に入れたアイスを飲み込んでから、にまり、と笑ってやった。

「ごちそうさまでした」

してやったり。この理不尽な先輩に一泡ふかせてやったぜ、と多少得意気になったのも束の間、相手がこの人であったことを、なめていたかもしれない。

「…くらま、残ってる」

つん、と人差し指が唇に触れた。

「え?」

「ちゃんと舐めとれよ?」

口内へ侵入してきたのは言わずもがな。



.



「第一、あんたの拗ね方面倒くさいんですよ。」

「拗ねさせるお前が悪い」

「構って欲しいなら言えばいいでしょうが…」

「じゃあ構え」

じゃれあいにしては大分一方的な行為を終えて、腕を洗ってきた相手に最初に言った文句は軽々とねじ伏せられ、もはや駄々っ子レベルと化した先輩に背中から抱き込まれる。

「勉強してるときはゲームしててもさ、そうじゃないときはやだ。構え。」

気づいていなかったわけじゃない。相手の本日の勉強ノルマが終わったのも、構って欲しそうにしていたのも、気づかないはずがない。でも、悪戯心が芽生えれば、このままほっといたらどうなるか、気になってしまったわけだ。

「駄々っ子ですか」

「お前とじゃれあえんならなんでもいい」

聞いてるこっちが恥ずかしくなってきたので質問終了。変わりに身体を向けて相手の腰に腕を回す。

「…勉強お疲れ様です」

「ん、ありがと」

心のなかでは、謝っておいた。




∵随分と素直なようで