南倉大学生
南→(←)倉




「今日はカレー?」

「あ、おかえりなさい」

「ん、ただいま」

玄関まで広がっていた香りに晩御飯を予想する。どこの新婚夫婦だ、といった会話だが、残念なことに俺達は新婚夫婦でもまして、恋人という間柄でもない。中学からの先輩、後輩。付け足せば…、中学からの、一方通行な片思い。

「今日特売だったんすよ。もうすぐできますんで、」

まっててくださいねー、っと笑顔で言われた。可愛い、とてつもなく、可愛い。リビングのソファーに腰かけて倉間観察を始めるのはいつものことで、それに相手が気づかないのもいつものことだ。
同じ大学に通うことになり、光熱費やら家賃やら浮かした方がいいだろうと倉間を丸め込んで同居を開始してから三ヶ月はたった。飯は先に家についた方が作る、洗い物はその逆で。掃除云々は何だかんだで倉間にやられてしまう。理由を聞けば、あんたのは掃除とはいわない、と一刀両断されてしまったのは記憶に新しい。
つまりは順調。不自由などない、自分が望んだ生活。

「南沢さーん、皿出して」

「どれ?」

「奥の、あ、それです。」

手伝いの要請が入り、倉間観察は一旦中断。
指定された皿を倉間に渡し、グラスと氷をだして冷麦茶は独断で用意した。

「っし、完成。リビングに持ってくんで、そこのサラダ持ってきてもらえますか?」

「わかった」

何気ない会話、心を許されているからこその態度、絶妙な、距離感。
そんな状況を作り出したのは紛れもない自分で。この場合、壊すか現状維持かしか、発展しないということも知っている。

勝敗確率は考えるだけ無駄、なんせ勝負をしかけないのだから。宝くじは買わないタイプ。当たるかもしれない、それならば外れるかもしれないと何故考えない。買わなければお金は増えないが、買わなければ減ることも無いのだ。ならば俺は、後者を選ぶ。

「どうでした?カレー」

世間話をしながらの夕飯も終了し、伺うように問われた。今更、だ。

「うまかったよ。また食いたい。」

素直な感想、お世辞でもなんでもない。食器類を流しに持っていき、一息ついたところで返答した。

「うわ、よかったー。もう、あんた何も言わないから伝わんないんすよ。まじで。」

自分の中の時が止まる。これまでの回想もあってか、他の想いが止まらない。駄目だ、絶対に。

「ちゃんと伝えてくださいね」

思わず掌を強く握った。伝えてどうなる。
待っているものは、所詮そういうものだろう?

「俺、待ってますから」

あんたの言葉。

「く、らま」

思わず相手の腕を掴んだ。熱を帯びた視線が絡む。
危険信号が鳴り響く。

「、あのカレー、本当に、また作って」

「…しょうがないですね、了解です」

一瞬困ったような表情をした倉間は、すぐにはにかんだ笑顔を見せた。

その理由もきっと、幻想にすぎない。




∵臆病者の言い訳