連休二日目としての目覚めはそれはもう最悪だった。息を吸い込む以前に心臓の音が煩く、全身から冷や汗が出てくるような。飛び起きた、という表現がここまで適切だったのは多分今までの人生の中では無かったと思う。落ち着け、と自身に諭すも思い出すのは夢の中で見た後輩の…、。と、そこまで考えたところで思い切り拳を布団へ。 「くっそ、」 鈍く響いた音が心を晴らすわけもなく奥歯の辺りを噛み締める。カーテンの隙間から見えた色は、1日の始まりを告げるにはまだ早い青だった。 「…、南沢さん聞いてます?」 そこからはまあ一睡もできる筈もなく、通常通りの朝を迎える。最悪の寝起きコンディションを引きずりそのまま午後へ。ある意味元凶とも言えなくもない後輩が家に来ることは以前から決まっていたこととはいえ、この状態で呼んだ自分の図太さに他人事の様に自分で笑えてくる。 「悪い聞いてなかったもっかい話して」 「あんたさっきもそれ言ってましたけどねえ!」 迎え入れてすぐ、何食わぬ顔でベッドに腰掛けた相手を意識した自分に腹が立った。そこからは心ここにあらず、話が噛み合う筈もなく同じ問答を繰り返せば当たり前だが相手もご乱心。溜め息をつかれて当然だと思ったのは初めてのことかもしれない。なんて思っていると、立ち上がろうとする仕草が目に映った。 「あの、体調悪いんだったら俺、」 「駄目」 「は」 聞かずともわかる言葉に速攻で釘を打ちつけ、一先ず相手の動きを止める。先程まで何も頭に入ってこなかったくせに、自分の必死さには流石に呆れた。が、開いた口は止まらない。 「別に体調悪くねーし、つーかお前わざわざ呼んどいて帰らせるとかなくてあと話がつまらねぇとかでもなくて」 「わかったわかりましたわかりました帰らないんで!」 ずらずらと並べた台詞は建前ではなく勿論本音。ベッドから立ち上がろうとした相手もこうなっては動けずぼすん、ともう一度掛けなおす。が、納得の得れた様子ではない。 「なんかありました?」 顔に表れたのは本気の心配の色。言いたくなければ、とでも言いたそうな表現だが聞き手に回った所で同じことの繰り返しだろう。それに無駄な心配をかけたいわけでもない。となれば、を考えて、ちらっと上に座る相手を見上げる。重なるのは、夜明け早々の。 「寝不足なんだよ、すげぇ最悪な夢見て」 「ぶっ、」 段々と再び甦る記憶に、うなじに手をやり心のなかで舌打ちをかました。対してまさか自分がその当人だとも思っていないであろう後輩は拍子抜け。気持ちはわかる。現に俺だってアホらしいとは思う。が、半笑いで攻められるのは流石に苛つく。言うつもりなど勿論無かった。無かったのだが。 「ちょ、それどんな夢」 「告った」 瞬間的に、笑い声が止まる。 「好きなやつに告った夢」 言い換えてしまえば、目の前の相手にぶちまけた夢だ。 追い詰められていたつもりは無かったが、わりと限界だったのかもしれない。鮮明に思い出されるのは相手と二人きりの部屋の中、ただいつも通りに駄弁って笑ってそれから。 伊達に自分の夢じゃないのは例えば性別だとか道徳なんて気にする余地もなく言い切っていたこと。片手を頬に添えて、ねぇ、から始めて、その時の体温の感触さえあるのは正直重症過ぎると思う。 「っあー、」 「笑ってすみませんとか思ってんだろさっさと謝れ許すから」 「笑ってすみません」 やっちまった感満載に目を反らず相手の救済は勿論忘れず、だけど口に出してしまえば寧ろ拗ねたくもなった。お前のせいだ、なんて責任転嫁も大概にしとけよとも思うがデリケートな年代なのだ今ぐらい許してほしい。 「え、振られた、とかですかやっぱ」 ぎこちなさげに問われたのは結果。最悪な夢、と言っているんだからやはりそちらを思い浮かべるのは当然か。だが現実そううまくいかない。 「違う」 「え、」 というか、その方が何倍もまだマシだった。 「断られなかった」 「んだよ自慢かよ!!」 答えた直後、ビシッと人差し指を突き付けてきた相手が全体力を使ったかのように肩で呼吸する。先程までの重めの空気は勝手に何処かへ、すぅっと息を吸い込んだかと思えばその先が続けられる。 「何かと思えば自慢じゃないですかつーかあんたが振られるとか思ってなかったというかどうせそんなこと起こるわけないんでしょうけど!」 「なわけねーだろ」 長い台詞を一度も噛まなかった事は褒めてやるが、そこ以外は勘違いも甚だしい。突き立てられた指はこちらを向いており腕を引くには最適な位置。思わず少し低くなった声に止まった相手の手首を掴み、ぐいっ、と思いっきり引っ張った。 「ちょ、わっ!」 「振られた方が何倍もマシだよ、変な期待持たなくてすむんだからな」 少しぐらい曖昧になってくれてもいいのに、夢の続きはやはり明白。ねぇ、から始めて思いのままに。聞くと同時、頬を少し染めながら俺もですと呟いた相手は知らない笑顔でこちらを迎え入れた。 「夢でそうなったって、もっと欲しくなるだけだった」 バランスを崩した相手を受け止め、ほんの一瞬だけ抱き締める。現状が読めないらしい後輩はまさにされるがまま、だけどこちらにとっては好都合。 「しかもなんだよ、そこで目が覚めるとかさあ。どうせなら満喫させろって感じだろ」 ずっとずっとずっと我慢してきたことが解禁となった、はずだったのだ。例え夢でも触れることが、望むことが。しかしまさかのそこでの起床だ。そりゃ冷や汗だって出るし布団に当たることだってするだろう。先程見た知らない相手が他の誰かの物になるのかもしれないのだ。残ったのは、信じられないほどの喪失感。 「なあ?倉間」 腰を抜かしたような相手を誘導、すぐ後ろのベッドへすがらせる。這うような体制で片手を伸ばし、冷たい頬に人差し指で触れた。 「で、でもあんただったら!」 「振られない?なんで?」 小さく身を揺らした相手は震える声で反論をするも、こちらの勢いは止められない。普通だったら相当ハイレベルな誉め言葉だ、あんただったら振られないなんて。だけど、それじゃあ意味がない。 「他の誰か、じゃ意味ねぇんだよ」 思わず濁る音は情けなく、咄嗟に顔を伏せてしまう。流石にここまでするつもりは無かった。後輩に詰め寄って、一方的に吐き捨てて、他人から見れば大分異常。もしかすればアウトなのかもしれない。 「、かつく」 自分の現状に少し焦りを感じ始めたころ、耳元で溢された声が聞こえる。 「むかつく」 はっきりと聞こえた二度目の音に顔を上げると、水分を溜め込んだ瞳と目があった。 「ちょ、」 「ふざけんなよ人の気も知らねぇで!俺に比べればあんたなんて勝率の方が何倍も高いだろうが!」 弱々しい表情とは裏腹に、出された言葉は予想外を思わせるもの。こちらを勢いに飲み込んで、目元を赤くさせながらも発言は続けられる。 「俺は夢にだってみれねぇよ。想像なんか無理に決まってて」 喉を鳴らしたと同時に溢れる水滴は、褐色の肌に線を作る。 「思い描くことだって、できない」 惰弱な語尾はほぼ書き消えて、残ったのは堪えるような喉の音のみ。追い詰められていたのはこちらだったはずなのに、いつの間に逆転してしまったのか。ただ漠然と突き付けられた事実は、時間と共に焦りに変わる。 「倉間お前、好きなやついんの?」 問うた瞬間、びくんっ、と大きく揺れた肩。伴って増えたように思う涙の量。言葉なんかよりもわかりやすいそれに込み上げた焦燥感はただ自分を動かした。 「駄目、」 涙を拭う両手を掴み、隠された顔をさらけ出す。咄嗟の行動に動揺を見せた相手であったが、すぐに抵抗、だけどそんなの構ってられない。 「っざけ!離せよ!」 「駄目、絶対駄目だやらねぇよ!」 初めて声を荒げて両腕に思い切り力を込めると、痛みに顔を歪ませる相手。まずいと思うも、思っただけで止められない。 「嫌だ、あげない。だって、誰にも」 思い浮かぶのは頬を染めた知らなかった笑顔だとか寄り添ってきた体温だとか。夢で経験してしまった断片が、他の誰かのものになんて考えれるはずがなかった。 「ねぇ、」 思わず頬へ手を伸ばし、重なったのは夢と同じ情景。限界まで理性が駄目だといった。鳴り響いた警告の音は煩すぎてもはや聞こえない。 「好きだよ、倉間」 言ってしまった後の空白は一秒が経過しないようにも思えた。そこに夢でみた笑顔なんてなくて、ただ呆然と瞬きをする相手。暴れる様子はもうない変わりに、突き付けられたのは当然の現実。 「だから言ったろ、無理だって」 触れた頬から手を離して、頭部へやって頭を撫でる。言い聞かせたのは相手へではなく自分になのだから、本当にやってられない。 「ごめ」 「勝率高いっていっただろうが」 後味の改善を望むことさえ女々しいか、謝らなければと思い立ったと同時相手の言葉が耳に届いた。 「誰にもあげないんじゃねーの」 「、え」 どん、と胸に当たる衝撃と背中に回される腕の感覚。咄嗟に支えた身体は同じ力だけしがみついてくる。 「くら」 「、き」 はぁ、と息を吐いてから小さく言われたのは望んで夢にまででてきた言葉。ドクン、となった鼓動は顔の熱を一気に上げた。 「あ、げない、あげない誰にも」 「じゃあちゃんと捕まえとけ」 やっと理解が追い付き始め、胸の中にいる相手と目線が交わる。後頭部へ手をやり撫でると、ふい、と顔を背けて溢された。 「…どうせ夢の俺の方が素直だったんだろ」 「ぶはっ、」 思わず吹き出した結果睨まれる。 「こっちの方がずっといい」 さて、どうやって機嫌を直してもらおうか。 ∵千夜一夜と重ね続けて |