※大学生 家別々 珍しくお呼ばれされた。時刻はギリギリ夕方範囲内、丁度晩御飯の材料を買い終わったその時だ。端末が振動して画面を見れば、今から来れますか、と一行だけのシンプルな文面。右手に抱えたビニール袋を一度みて、ふぅと一息、行く。と一言メールを送り、なかなかの上機嫌で自宅とは別方向に歩みを進めた。 「で、用件がこれか」 「あー、そこ邪魔なんであっちいってて下さい」 シッシッ、と手で払われるなんて全くの予想外(でもないか)、大人しく離れる気にすらならない。部屋に広がる甘い香りは、嫌いではないが気分に合わなかった。 日付を考えれば2月の13日。そして明日はバレンタイン。茶色の甘いそれで思いを伝える、以外の使われ方もするわけだが大体の人にとって意味のある日だ。 それは相手にとっても例外ではなかったらしい。見慣れたエプロン姿で作っているのはいつものようなご飯ではなく、甘い甘い茶色いお菓子。サークルの仲間に振る舞わなければならないらしいそれらは、手際よく調理されていく。が、一つだけ問題がある。 「甘いもの苦手なのによくこうも作れるな」 「だからあんた呼んだんでしょー」 スマホのレシピを片手に作業を進める相手であったが、それを口に運ぶことは一度もない。何故ならそう、苦手だから。 レシピ通りに作れば不味くはならないと言っている相手であるが、人様にあげるものだ。そこは若干不安が残るらしい。結論、俺を呼び出すことになる。 「味見要因として、か」 「毒味じゃないってことはわかってるんですね」 語尾に音符が付きそうな程の上機嫌は珍しいが、それを喜ぶにはテンションが足りない。多分美味しいから安心してください、という相手の言葉は疑いようがないことはこれまで食べてきたものから判断できる。というか、いくら失敗しようが平らげてやる。しかし、そこは問題ではない。 「…つまんねぇ、」 混み上がってくるのはなんとも大人げのない嫉妬。我慢だ、と思って気にしないふりを突き通していたが、楽しそうにそう作られれば段々と沸騰していくものだ。 追いやられて座っていた席を立ち、キッチンの相手の元へと歩み寄る。 「うわ最悪、すげぇついた」 集中していたようでこちらには気づかなかったのだろう。近付く最中、混ぜていた茶色の液体が相手の指を丁度汚した。 「へーき」 「え、うわっ、ちょっ」 その手首を背後から掴んで、口元へと持っていく。指を伝うそれを掬うように舐めとれば、少し遅れて反応があった。 「ん、うま。いける」 「ば、か、だろあんた!」 舐めとったそれは予想通り。文句などないと片手で相手の頭を撫でる。残りがある、と再度近づければ思いっきり手を避けられた。 「あー、まだついてるのに」 「洗いますし!てか指とか」 「汚い?冗談」 言われる言葉に重ねて封じ、背中から腕を回す。本日初となるその行為に、勝手に満たされて少し安堵。だが満足には程遠い。 「み、なみさわさん?」 「…」 「〜、拗ねんな!」 「拗ねてねーし」 首を回してこちらを見る相手を無視して、あえてそっぽを向くのは完全に餓鬼か。いや、もうそれでもいい。ぎゅう、っと力を入れて、頭をすり寄せつけこんでいく。 「嘘、拗ねてる」 抱き寄せたまま後方に一歩。ただでさえ姿勢が整っていない相手がバランスを崩すのは思惑通り。支えるように引っ張って、こちらを向かせて正面から抱く。 「お前のチョコ、あげんのやだ」 「…、」 我ながら盛大な我が儘だ。作る最中に言う言葉ではないものの、どうも欲が沸いてしまう。 「俺のなのに」 「南沢さんのもありますって」 「俺以外にもあるんだろ」 宥める言葉に完全に噛みつく自分。正直ここまでするつもりはなかったが、言ってしまってからこちらも気付く。なるほど、ここまで。 「やだ、いやだ」 何とも情けないがそれが本音だ。前を見れば広がる器材や材料、それに漂う甘い香り。ここまで準備しているなかで、よくも言えたと自分で呆れる。段々と生まれる罪悪感、だか減らない嫉妬心。 「…あー、もー」 少し続いた沈黙の後、ガバッと顔を上げた相手に少しビビって胸元を見た。間近なそれは、怒っているようだが、そうとも見れない。 「あんたが代わりのチョコ代払って下さいね!つーか後でコンビニ行くの付き合えよ!」 胸ぐらを捕まれそうな勢いで言われ、なかなか頭に入ってこない。 「くら、」 「それと、残したら許さねぇからな!」 どん、と突き飛ばされてよろめいた。その間に離れた相手はエプロンをつけ直しキッチンへと立つ。 「返事、は?」 唖然とするこちらを振り替えってぽつりと言われた言葉が響く。 「あぁ、くそ」 頬を染めて言うのは反則すぎる。 ∵それは限りなく |