10号の後を追って構内を歩いていた元就は、改めてどこに何があるのか全く把握出来ていないことに気付いた。総合大学だけあって古いものから新しいもの、低いものから高いものまで様々な建物が立ち並んでおり、そこを十メートル程の間隔を開けて10号は進んでいく。歩幅が違う為に気付かれないようにと配慮せずとも元就との距離はどんどん開いていった。その間も(あれ?今日何日だっけ?)(紅葉してきたな〜)(そうか、もう学園祭の時期か…)(いつもいる猫いねぇなぁ)等と思念波は聞こえ続けている。
先程チャイムが鳴り、今は最後の時限中らしく学生の姿は疎らだった。10号は教授という立場ではなく研究員であり、また、講義が行われる棟と研究棟とは離れた場所にある為に学生との関わりはほぼない。すれ違う人間のほとんどは10号に気付き一瞬視線を向けるが、しかしすぐに目を背けた。サトラレに対し、じろじろと不躾な視線を向けることも法律で禁止されているからだろうが、そうでなくとも誰もサトラレに関わりたいとは思わないだろう。
そう、それが研究目的でなければ。


(あ、鰯雲)


声につられて空を見れば、秋らしい雲が夕日に染められていた。足元では乾いた風がからからと落ち葉を掃きながら通り抜けていく。
思念波が健全というのは今のところ本当らしい。眉をひそめるような声は耳にしなかった。
ふと、視線を感じて首を巡らす。誰とも目が合うことはなかったが、それでもその違和感は嫌悪感となって元就の表情を歪ませた。この学生や職員のように見えている人間の中にも警備の人間が紛れているのかも知れない。そう意識すると居心地が悪い。まさか自分の生活が全て監視されていると意識する人間はそうそういないだろうが、しかし研究に没頭しやすいとはいえ、これに気付かない10号はかなりの鈍感に思えた。
逆に、わかっていると敏感になる。元就は背後に気配を感じて素早く振り返った。が、そこには誰の姿もなく、再び前を向いて今度は思わず舌打ちをした。いつの間にか10号の背中が無くなっていたのだ。しかし居場所の検討はつく。足を速めて正面にある古い建物に入り、視線を巡らせると出入口近くのカウンターにその姿を見つけた。


(…また、かよ)


何やらカウンターで司書らしき男性と話をしている。実際に口から発せられている声は聞き取れなかったが、思念波としての声はしっかりと元就の耳にも届いた。それは明らかな落胆の声だった。


(何か、事情があったんだ…たぶん)

「…何か、借りていかれます?」
「いや、今日はいいや」

(…向いてねぇな、やっぱ俺には)


男はそんな10号を気の毒そうな目で見ていたが、学生に紛している警備員の視線に気付くと表情を引き締めてパソコンに向き合った。


(結局何も言えなかった自分が悪いだけだろ、馬鹿か俺は)


顔を俯けたまま、10号が出入口の方に向かってくる。元就は素早く白衣のポケットに手を差し入れると、ボイスレコーダーのボタンを押した。そしてたった今ここへ来たように装いつつ「長曽我部先生」と声をかけた。


「はい…あ、どうも」

(この人、さっきの…確か毛利…)

「先生はやめて下さいよ。あぁでも長曽我部ってなげぇから言いづらいっすよね。俺は下の名前でも…」
「いや、では長曽我部と呼ばせてもらう」

(うわ…なんか…)

「うん、それでお願いします」


元就は一瞬、また気難しい上に高飛車だとでも思ったのだろうと考えていたが、すぐに聞こえた(…新鮮だな)という声に意表を突かれ、次の言葉を継ぐことが出来なかった。


「えっと毛利…さんは、片付けとか終わりました?俺これから暇なんで、何だったら手伝いますよ」
「いや、それには及ばん。それよりも構内を案内してはくれないか」
「あぁ、俺でよけりゃ喜んで」


長身の10号は右目を瞬かせると、意外そうな表情で見下ろすように元就を見つめた。


(もっと話し難いかと思った)

「広いけどすぐ慣れますよ。つーか、俺も自分があんまり利用ない場所とかは詳しくないんすけど」

(偏見はよくねぇよな)

「とりあえずは同じ研究員として必要な場所だけで十分だ」
「了解っす」
「ところで随分と元気がないようだったが、何かあったのか?」
「え?」

(何でわかったんだ…もしかして…)


近くにいた学生風に変装した警備員と思しき男が無表情でこちらに足先を向けた。元就はそれを牽制するように鋭い視線を飛ばしたが、その足が止まったのは(そんなに顔に出てんのか、俺)という声が聞こえた時だった。


「いや、何もないっすよ。それより、行きますか」

(勝手に失恋したなんて言えねぇ…)


元就は嘆息し、10号と並んで建物を出た。とりあえず得た接触の機会を不満で無駄にすることのないよう、警備員のことは意識の外にした。










#3 失恋

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