現在、日本で確認されているサトラレは13例。ほぼ1千万人に1人という数字で存在しており、一般には“乖離性意志伝播過剰障害”という正式名称よりも心の声が周囲の人間に聞こえてしまう特性から“サトラレ”という通称の方がよく知られている。
症例10号―つまり、国内で確認された10番目のサトラレが長曽我部元親だった。
サトラレは例外なくその全員がIQ180以上の天才である。10号は工学の分野で才能を発揮し、現在は地方私立大学で研究者をしている。
そしてその人権の保護を目的として制定されたのがサトラレ保護法であり、それに則ってサトラレを保護管理しているのが政府の特能保全委員会だった。
10号の警備担当主任である前田と数名の部下、また対象と接触せずに裏で動くことが専門の人間もいるらしい。
サトラレに関して現在解っていることは少ない。先天性思念伝播の原因は未だ不明である。
脳神経の分野からそれらを解明することが、優秀な外科医でありながらサトラレ研究に傾倒する元就の目標だった。
そして元就は常々、サトラレに対して嫌悪感を抱いてもいた。奴らは単に常人とは違う脳を持つというだけで優れている訳ではなく劣っているのだ、という具合に。元就に言わせれば、サトラレはただ思念を撒き散らすだけの人間欠陥品でしかなかった。しかしながらその未だ謎だらけで原因の解明がされていない特異で希少な脳を研究することは難しく、故に興味を惹かれた。これほど解剖したいと思う脳は、他にはない。
今朝警備主任から受け取った分厚い報告書に目を通していた元就は、一番新しいページに視線を移した。そこに記されていたのは10号が大学の図書館で働く司書に好意を寄せている事と、今はまだ淡いそれが本格的なものに変わる前に警備に相談をして最近この街を去ったというものだった。
サトラレの恋は叶わない。それは考えるまでもない常識だ。しかしそんなことは元就にとってどうでもいい事だった。それよりも警備が常に10号の思念波が届く範囲にいる事が問題だった。
10号の思念波が通常時に届く範囲は直径約20メートル程。しかし強い刺激を受けた場合、それは10倍以上にもなる。つまり10号に接触しての調査は常に警備の人間にも筒抜けになってしまう、という事だ。誰にも気付かれずに、となると限界がある。


「とりあえずは様子見か」

独り言つとほぼ同時に(あ…資料返してなかったな…)というしばらくぶりの思念波が元就の耳に届いた。
研究に没頭しやすく警備に気付きもしないとは気楽な奴だ。周りにどんな迷惑をかけているかも知らずに…。
内心でそう思いながら元就は今の言葉と、午後四時十八分という現在の時間をパソコンに打ち込んだ。


(図書館に行かねぇと……いるかな…)


その言葉もまた同じように打ち込み終えると、ほぼ同時に隣の部屋のドアが開く音がした。元就は立ち上がり、メモとペンを白衣に忍ばせてからそっとドアを開けると、向かいに位置するエレベーターがちょうど動き出した所だった。


「残念だったな。目的の女はもういない」


元就の顔に、薄い笑みが浮かんだ。










#2 症例10号
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