「先生、今ちょっといい?」
「だからその先生ってのはやめろっつってんだろ、慶次」


白髪というよりも銀に近い髪色をした男は窓を背にパソコンを操作しながら返事を寄越した。それからキーボードを数回叩くとようやく顔を上げ、こちらの存在に気付いて慌てて立ち上がった。その上背はゆうに180cm以上はあり、それだけで十分に目立つ要素を備えている。更には右の瞳は海のような青色をしていて左目には眼帯と、まさに資料で見た通りの特異な姿だった。


「一応、お客さんの前だから。で、こちら…」

(見ない顔だな…誰だ?)


口を一切動かす事なく、男の声が耳に届いた。それは当然に独り言のような響きを持った言葉だった。一瞬、隣にいた前田がこちらに視線を寄越したが、しかしここで顕著に反応をするような馬鹿ではない。眉一つ動かさず、何事もないように振る舞うことは忘れなかった。


「今日からここの医学部勤務になった毛利元就だ」
「あ、どうも長曽我部元親です……でも何で医学部の先生が俺に?」
「毛利先生には隣の研究室に入って頂くことになったから」
「あぁ、なるほど!珍しいっすね。何でかこの階は俺と事務室しか入ってないんすよ」

(すげぇ華奢だな…何歳くらいなんだろ)

「専門は脳神経外科。研究医だ」
「脳神経…難しそうだなぁ」

(年下か?いや、でも…)

「歳は29だが、敬語は必要ない」
「え?」


再び、今度は素早く前田の視線が動いた。今の発言がまるで男の心の声に答えるような発言だったからだろう。けれどだからと言って何も不自然な会話だったという訳でもない。その証拠に、目の前の男は何の疑念も抱かず「わけぇ…」と呟きながら感心したようにこちらを見ていた。


「全然若く見えますね…あ、俺は25っす。専門はロボット工学」
「聞いている。随分と優秀な博士らしいな」
「いや、そんなのは肩書きだけで…教授には向いてないらしいんで研究だけやってます。まぁ俺は機械いじってる方が好きなんで現状には満足かな」
「そうか。では、私はこれからやらねばならぬことがあるのでこれで失礼する。邪魔したな」
「あ、いえ…」


背を向けてすぐに(なんか気難しげだなぁ…)という声が響いたけれど、誰にも聞こえない程度に小さく鼻を鳴らして部屋を後にした。そのまま今日から自分の研究室になる予定の隣の部屋に入ろうとして、前田にそれを止められた。不信感を隠そうともせずに批難の視線を浴びせられる。


「どういうつもりですか」
「何の事だ」

(さて、あとちょっとだな。早いとこ一区切りつけて昼飯食いに行こう。腹減った)

「思念に対して受け答えするような発言をするなんて」
「気付かれてはいないのだから問題ないだろう。それにしても奴の思念波、思ったより少ないな」
「……10号は、思ったことは何でも口に出すように育てられたからです」
「お前達が推奨している方法か…つまらん。もっといいモルモットがいただろう」


警備担当者としては不本意なのだろうが、それはこちらも同じだった。研究の為に役立つサトラレを希望していたのに、今回特例で接触を許可されたのは思念波の届く範囲が狭い上に少なく健全で、周囲にも比較的受け入れらているという症例だったのだ。


「彼は思った事を口に出して研究に没頭しやすいから他の症例より警備が比較的楽なんだ。だからあんたもこうした接触が特例で許可された」


拳を握り締め、低い声を搾り出した前田を冷めた思いで見つめる。今こいつの思念が聞こえたら、さぞ面白い事になるだろうなと思いながら首を傾げた。


「つまり何が言いたい」
「彼はあんたの実験モルモットじゃない。保護すべき人間だ」
「国益の為にか?」
「……」
「つまらん」


言い捨てて部屋に入ると、すぐに背後でドアが閉まった。
荷物が運びこまれる前でまだがらんとしている部屋を見渡す。正面の四角い窓が、秋晴れの風景を切り取っていた。


(後はロードして、このセクションは終わりだな)


少々手狭だが“声”が明瞭に聞こえるので問題はない。
これからここで、いまだ謎に包まれたサトラレの研究が出来る。
先程対面した男の、あの頭の中にある脳を想像し、自然と冷笑が浮かんだ。










#1 予定された出会い

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