「まったく…上はどうかしてるよ」
「まぁ、そうだな」
「頭がいいのか何だか知らないけどさ、こっちはいい迷惑だっての」
「でもこの分野のちゃんとした研究者なんだろ?」
「…若くして脳神経研究の権威、らしい。でも何しでかすか分かったもんじゃないよ」


珍しく苛立った様子の猿飛佐助を、前田慶次は珈琲を入れながら眺めていた。それぞれ自前のカップにセットしたドリップパックにポットからお湯を注いでいく。佐助はいつも珈琲豆を専用の機械で挽き、お湯もきちんとガスで沸かすというこだわりを持っており、慶次がこうして入れた珈琲に対して文句を言うのが常だったが、今はそんなことにまで気は回らないらしい。すぐに広くはない部屋に芳しい珈琲の香りが広がっていく。これもやはり佐助の批難対象であるミルクと砂糖を用意しながら「で、例の件はどうなった?」と気掛かりだった案件について慶次が尋ねると、案の定深い溜息が返ってきて重い空気に拍車がかかった。


「…いつも通りか」
「あぁ…いつも通りだね」
「そっか」


慶次はもうそれ以上の言葉を重ねなかった。相当疲労した様子の佐助に出来上がった珈琲を手渡すと、何も言わずに受け取った彼はそれを一口飲んでから「マズイ」と呟いた。それに苦笑しながら窓の外を覗く。そこからは学内の立派な中庭がよく見えた。秋の夕刻に人は疎らだった。


(肩凝ったな…珈琲でも貰いに行くか)


前触れ無しに男の声が耳に届いて、反射的に二人は目を合わせた。しかしすぐに佐助が視線を逸らすと、何事もなかったかのように目頭を揉んだ。


「慶次、珈琲追加」
「佐助がいれてやんなくていいの?」
「流石に時間ないでしょ」
「…って言うかさ、今更だけどその博士は大丈夫、なのか?」
「…知らない。大丈夫なんじゃないの?じゃなきゃ、やってらんないでしょ」
「まぁな…厄介な問題起こさないといいけど」
「是非そう願いたいね」


(慶次いるかな)


再び声が届くと同時にドアが開いて、大柄な男が「慶次、珈琲くれ!」と笑顔で飛び込んで来た。
その時にはもう、カップと共に佐助の姿は部屋から消えていた。










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