肌を刺すような冷たい木枯らしに身を竦めながら、慶次は雲の多い夜空を見上げた。今にも雨粒が落ちて来そうだ。ここ数日間こうした空模様が続いている。もう本格的な冬がすぐそこに迫って来ているらしい。これで何度目の冬だろうかと考えて思わず溜め息をつく。十五年。あれから自分は少しでも変わる事が出来ただろうか。


“    ”


一瞬、ごうごうと鳴る風の音に異音が混じった気がして息を飲んだ。慌て辺りを見回したけれど、誰の姿もなかった。疲れているに違いない。頭を振って目を閉じる。
今でも消えないあの声が頭の中で響いた。
あの日も、今日と同じように今にも雨が降り出しそうな風の強い日だった。だからだろうか、こうしてやけに思い出してしまうのは。とは言え、忘れた事などないのだから思い出すというのもおかしな話なのだが。


“慶ちゃん”


そう呼んでくれた。同級生だった彼女の裏表のない性格に惹かれた。淡い、好意だった。彼女は共通の友人に恋心を抱いていたけれど、そんなこともどうでも良いと思っていた。
ただ、彼女の笑った顔が好きだった。
彼女を死に追いやったのは全てがその特異な体質のせいだったとは思えない。周りの人間、取り巻く環境、その全てか彼女を追い込んだのだ。
彼女は自ら死を選んだ。
自分はそれを、止められなかった。
高校の屋上から身を投げる寸前に聞いた声。


“ごめんね”


最後に聞いたその声が彼女の唇から発せられたものだったのか、それが誰に対する、何に対する謝罪だったのかさえ解らない。
しかしそう、それが答えだった。
守っているつもりで結局、彼女の事を何も解ってやれていなかったのだ。ただ、最後に見た彼女の顔は涙に濡れていた。謝りたかったのは自分の方だった。否、いくら言葉を重ねた所で彼女には届きはしなかっただろう。結局それまでの自分の言動全てが“彼女にとっては偽り”にしかならないのだから。
それまでの世界が全て偽物だったと知った時の絶望。
それは想像することも辛い。
そして今でもあの時と同じような無力感に苛まれている。だからやはり自分はいまだに無力で、あの頃と何も変わっていないのだろう。
現在のように元親を担当するようになったのは、彼がこの大学に入学した頃だからかれこれもう七年になる。それ以来ずっと見守り続けてきた慶次にとって、既に弟のような存在になっていた。入れ込み過ぎだと忠告される事も多々ある。しかしその間もこうして延々と迷っている。また同じような過ちを繰り返す事が怖い。あの医者が来てからそれが酷くなったように感じる。自分には誰一人救えないのだと暗に告発されているようだった。


「…ごめんな」


その医者が、現場を離れるつもりだと、先程戻ってくるなり報告してきた。件のサトラレとの接触で何かがあったのかも知れない。今週末には引き上げるらしい。慶次にしてみればそれは望んでいた展開だったけれど、今は眠りの中にいる元親の気持ちを考えれば複雑な心境だった。
あんなにも純粋に人を好きになれる元親を羨ましく思っている。当然、彼を傷付けたくはない。しかし今回も何もしてやれる事が出来ない。
きっと自分は、守りたいと伸ばしたその手で彼を棺桶へと詰め込み、首に真綿を巻き付けているようなものなのだ。後ろにも前にも進む道は見付けられないまま、ただ時だけが慶次の上を悪戯に、そして確実に過ぎていった。










#14 傷


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