それから頭痛を堪えて日曜を漫然と過ごした元就に連絡が入り、一日も経たないうちに都内の政府関連施設へと出向くことになった。以前から申請していたサトラレとの接触が特例で認められたのだ。付けられた条件は一つ。全て相手の意向に従うこと。よって日時も場所も急に決まった。案内された質素な部屋でパソコン画面越しに一対一で向かい合った男は中性的な顔立ちをしており、実年齢よりもくだびれて見えた。


『…そうして私は自覚しました。けれど後悔はしていません。何もかも知らずにいれば、今でもあの虚構の中で生活していたのですから。私は人に心の声を聞かれることよりも、私以外の人間の嘘で造られた世界に身を置いている事の方が耐え難いと思うのです』


勿論、範囲外である離れた場所から機械越しに思念波は届かない。聞こえるのは男の口から発せられる言葉だけである。男は淡々とした口調で語り終えると、小さく息を吐いて話の区切りを示した。
それまで幾つかの質問をし、後は黙って聞いていた元就だったが、殆ど失望していた。やはり話をするだけで何かを得られることなど有りはしないのだ。


「今まさにそうして知らぬまま生活しているサトラレは国内に数名いるが、それについてどう思う」


男の後ろには生活感があまりない部屋の一部が伺えた。こうして不自由なく元は無人島だったそこで一人暮らす生活が十年は続いているらしい。
男はたっぷり数十秒考えた後、少しだけ表情を崩して言った。


『…解りません。その人にとって何が正しくて何が幸せなのかは、本人でさえなかなか判断出来る事ではないですから…。サトラレでない人間にとって私たちは迷惑で面倒で恐ろしく、忌避すべき存在でしかないでしょう。それでも、私は彼らに守られていたとも感じる。それは今でも。私は社会的に死んだ人間です。そしてこれからも私という人間が生きているという事実は一部の人間しか知らない。でも、今は…私は、それでも有難いと思っています。こうなって良かったと。しかしこれは私の気持ちであって、同じ立場になった人が同じ思いになる確証は何一つないのです。それぞれがそれぞれの感情を持って生きている違う人間ですから…だから、解りません』
「それは国益、否、結局は一部の人間の自己保身の為であってお前自身の為ではないと解っていてもか」


男はそれには答えず、何故か今までで一番顔を歪めた。


『聞いてますよ…貴方の研究について』
「だったら何だ」
『貴方がサトラレに拘る理由は何なのですか』
「聞いてどうする」
『…私たちと関わろうとするのならば、貴方は覚悟しなければならない。解っているはずです。どうか、傷付けないで下さい』


元就は理解した。だったら、男がこの面会を受けた理由も合点がいく。しかし、だからこそ益々嫌悪した。どうしてこうも嫌うのか、自分でもよく解らなかった。相手の思念が聞こえていたら変わっていたのだろうか。否、そんなことはどうでもいい。今はすっかり冷めていた。


「一人前に権利を主張するのだな」
『私たちはただ声が大きなだけの人間です』
「ものは言い様だ。しかし覚えておけ、お前達は死ぬ事で唯一役に立つことが出来るのだと」
『…寂しい方ですね』


何を言われても元就は揺らがなかった。
長曽我部とは違うサトラレもまた、それ以上は無駄と諦めたのか哀しげに口を閉ざした。
そうしてほんの数十分の会話は終わった。


「期待はしていなかったが、やはり時間の無駄だったようだな。失望した」


そして元就は決断した。
あの大学を離れ、元居た研究所に戻る。
もうこれ以上無駄な時間を過ごすつもりはない。










#13 失望


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